第2話 一度目の文化祭

 サークルのメンバーは全員女の子で、みんな、自分の『好き』にまっすぐな子だった。

 二次元コンテンツにせよ、アイドルにせよ、なにか他のものにせよ、なんらかのオタクになれる人は、物事に熱意と執着を持てる人だと思う。


 私自身もオタク気質な人間だったから、サークルはすごく居心地がよかった。

 それに、大学での生活は平和だった。


 高校のように、誰かを『ブス』だと笑うような人はいなかったし、無理に人と関わる必要もなくて、すごく自由な場所だった。

 私は私らしくいられて、みんなはみんならしくいられる。そんな場所だった。


 だから、コンプレックスを思い出すことは少しずつ減っていった。近場なら、メイクなしでも外に出られるようになった。

 食べ物を選ぶ時にカロリー表示は確認していたけれど、一日の摂取カロリーを計算することはなくなった。


 そして迎えた、一度目の文化祭。

 ダンスサークルに入ったくせに、私は大の運動音痴で、ダンスがとても苦手だった。覚えるのが遅かったし、先輩や同期に比べて上手く踊れなかった。

 でも、踊るのは楽しかった。


 人より上手くできないなら、人より時間をかけて練習すればいい。

 そう考えた私は、熱心に練習に参加した。するとサークルメンバーと過ごす時間も増えて、サークルでの日々はますます楽しくなっていった。


 文化祭当日。私は可愛い衣装を着て、本名とは違う名前を名乗った。

 お客さんはいろんな人がいた。中でも熱心に見てくれるのは、毎年見にきてくれているという男性客とサークルOGだった。


 いっぱい練習したけれど、それでも私は他の子よりもダンスが下手だった。緊張して上手く表情も作れなかった。

 お客さんはそれぞれにお目当ての子がいたから、私とは目が合わないな、私には興味がないんだろうな、ということが分かってしまった。


 でも、私の色のペンライトを振ってくれる人もいた。目を合わせて、頑張れって顔で見守ってくれる人もいた。

 ステージの下から私の名前を呼んでくれる人がいた。


 その全てが、私はすごく、すごく嬉しかった。

 ステージの上から見る景色は綺麗だった。いろんな色のペンライトが輝いていて、星空の中にいるみたいだった。

 コールを浴びる経験も当然初めてで、あまりの大声に曲が聞こえにくくなったりもして、幸せだった。

 どきどきして、わくわくして、さいっこうにときめいた。


 ただのサークルで、ただの文化祭。

 それでもその日だけは、自分がアイドルになれたような気分だった。『可愛い』と憧れた、大好きなアイドルに。


 心がふわふわして、楽しい! って感情が溢れてきて。

 そんな気持ちでいっぱいのまま、一年目の文化祭は終わった。


 文化祭はすごく、すごく楽しかった。けれど反省や後悔もあった。もっと練習すればよかったとか、表情をちゃんと意識すればよかったとか、お客さんに積極的に話しかけるべきだったな、とか。


 だからこそ思った。

 来年はもっと、もっと頑張ろう! って。





 文化祭が終わると、熱が冷めるように、ゆっくりと日常に戻っていった。そして、楽しかったな、という記憶だけではなく、苦い記憶も蘇ってくる。


 サークルとはいえ、一時的に『可愛い』を売りにする以上、それで評価されるのは当たり前のことだ。

 人気の子と比べて落ち込むこともあった。やっぱり可愛くなかったかな、とか、上手く喋れなかったからかな、とか。

 特にチェキの枚数は顕著に人気差が出る。どうしたって気にせずにいるのは無理で、たぶん、気にしていたのは私だけではなかった。


 それでも冷静に考えると、チェキってすごくない? とも思った。

 多くはなかったけれど、私とチェキを撮ってくれる人もいた。それはつまり、お金を払ってまで私とチェキを撮りたい、と思ってくれた人がいるということなのだ。


 お客さんは普段の私のことを知らない。私の知り合いでも友達でもない。

 そんな人が、私とチェキを撮りたい、と思ってくれることは特別だと思った。


 甘さと苦さの混じった気持ちを忘れることは、たぶんないと思う。


『可愛い』女の子に憧れた私は、どうしても『可愛い』が欲しかった。容姿に対するこだわりや見た目を重視する価値観———いわゆるルッキズムなんて捨ててしまえばいい。それが賢い考え方だ。分かっていても、それでも、私は『可愛い』が好きだった。


 来年も私は、きっと苦しみながら楽しむのだろう。

 それはとても、素敵なことだと感じた。


 でも。

 次の年、予想外の出来事によって私の生活は一変した。


 ―――コロナである。

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