2章 超人師団長が恋敵(?)になるお話

第1話 王女の憂鬱

キルリエラ視点

―――




 とある日の、気だるい昼下がり。


 王宮内の喧騒からは切り離されているここは、広く質素な執務室。見栄っ張りな王のそれとは違って、絢爛に飾り立てられてもいなければ、不自然に賢しらな本を棚に並べることもない。


 そんな部屋の中央で。机上の書類をる銀の髪の少女――――王女キルリエラは、深く深くため息を吐いた。


「……さみしい」


 呟いた甘え声は、しかし今日この日に限っては誰にも拾われることなく、広い執務室の中に溶けて消える。そのことが、キルリエラの気持ちをより一層沈ませるのだ。


 ああ。いつもなら彼が――パパが優しく慰めてくれるのに……と。


 恨むべくは、あの女――。


「……忌々しい。この私の補佐官であるパパを、宮廷魔術師の方の立場を言い訳に連れ出すなんて、よくも白々しく……」


 思い出すのは、キルリエラとそれほど歳も変わらないあの俊英。すらっとした長身や赤いインナーカラーの入った黒髪を見せびらかすようにして……スタイルの良さを自慢でもしていたのだろうか。


 思い出すだに腹が立ってきた。


 最年少師団長かなにか知らないが、こちらは王女だ。本来キルリエラが否と言えば、アルベルトを連れ出させることなどなかったというのに。


 しかし、しかし……。


「パパには確かな実績が必要――これもまた、確か……」


 先日、王の暴走によりアルベルトが王宮を追放されかけたのは記憶に新しい。思い出すだけで身の毛のよだつ、そして今すぐにでも血縁上の父である男を殺したくなる出来事だが。


 しかし、ひとまず大人しくなったあの男のことは捨て置く。それよりいま優先度が高いこと……それは。


「私の体制が盤石でないがゆえに。王宮外――各地の有力領主貴族がなにやら言い出さないとも限らないものね……」


 ああ、本当に面倒なものだ。内心でどう思っているかは知れないが、しかしあの歴史だけはある名門貴族どもの言いそうなことは想像がつく。


 「国を動かす王女の腹心が、なにゆえ政治のせの字も知らぬいち魔術師なのか」「そも正当な後継者は王太子ではないか」「先般の動乱の原因はなんだ、まさか王女に侍る例の――」などなど。


 まだ大貴族たちは表立って動いていないが、アルベルトに好意的な者はおそらく少ないことだろう。……極めて遺憾なことながら。


 ああ。もっと時間があれば。


 キルリエラは自身の才覚をもって、あらゆる非難・諫言を封殺してアルベルトを重用する、そんな体制を築いてみせるというのに。このままでは、そうなる前に誰かが爆発して、最悪またアルベルトが。


「――……ゆるせない。そんなのぜったい、耐えられない。パパと離れ離れになるくらいなら、いっそ国を割って、邪魔者ぜんぶ消してでも……――」


 もしこの言葉を聞く者がいれば、背筋が凍っただろう独り言。しかしこれを聞くのは、自らの意思を持たぬ影の者のみ。


 それに。もし誰かに聞かれていたとしても、キルリエラは平然とこう言うだろう。


 ――でも、今はそうならないように動いてるところだから……と。


 そう。つまり、今回キルリエラがアルベルトの離別を一時的にでも許容したのはこれが理由。アルベルトの重用を非難させない一策としての、アルベルトの実績作りだ。


 そんな理由でもなければ離れることを認めるものかと、キルリエラはぎりぎり歯ぎしりする。


 ああ、はやく会いたい。はやく帰ってきて。……はやく、はやくはやくはやくはやく――。


 そんな上の空でも、キルリエラの手は止まることなく執務机の書類をさばき続ける。その聡明な頭脳が、国中の問題への解を裁定、あるいは自ら導きだし続ける。


 はたからみればその様は、まさに仕事の出来る王女の鑑そのものなのだが。実際、その頭の中はといえば――


「パパ帰ってきたらなにをお願いしようかな……。約束、わすれたとは言わせないもん――」


 行きがけに、ぐずるキルリエラをなだめようとしたアルベルトの言葉。




「僕が行くのは、まだ不安定な姫の政治体制を万全にするため。だからね姫、がまん。――――帰ったら、ご褒美に言うこと聞いてあげるから」




 ――ああ……っ、たまらなく――――愛おしい。わたしの大好きなパパ……。


 わたしのためなら、あの腹立つ女にもついて王都を離れてくれる。その上さらに、わがままなわたしのおでこを弾いてたしなめ、フォローでご褒美まで忘れずに。んんん、すきすき……。


 トリップしかかるキルリエラはしかし、やはりその手を鈍らせることもなく、次々に書類をさばいていく。


 その様子を見ていた影はその後、同僚のカレンにこう漏らしたという。


 ――我らが主は、やはりなにか道を踏み外しているかも、と。



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