第2話 王都外遠征

 がたん、ごとん、と。


 揺れながら街道を進む一台の馬車が、アトラス王国の王都から伸びる街道を、まっすぐに進んでいる。ただの馬車にしては意匠が豪華で、揺れだって少ない。


 そしてこの馬車一番の特徴は、中からじゃ見えないけど、外側の壁に飾りつけられた――――グリフォンのエンブレム。


 つまり、この馬車に乗っている僕以外のみんなが誰かと言うと……。


「――はぁ……。なんで俺たち宮廷魔術師が、任務とはいえ辺境の田舎村なんかに。ほんとに必要なのかよ。しかも…………えこひいき小隊長なんかと」


 ぼそりと呟いたのは、馬車に乗っている同じローブを身にまとった男。僕が率いる宮廷魔術師の小隊に所属する一人だった。


 にしても。この人、しっかり僕に聞こえるように言ったね。ちらっとこっち見てたし、呟きとはいえ狭い馬車の中だし。


 まあでも、いまの僕の地位――上級宮廷魔術師兼、政務全権代行官補佐は……どっちも姫にもらったものだから。


「贔屓って言われると全く否定できない……」


 ただの事実すぎて苦笑い。


「……な、なに笑ってるんだこいつ」


 あ、ダメだ。余計に引かれてる。車内にはコール小隊の四人が乗ってるけど、他の二人も微妙な反応。


 小隊長として、部下とは良好な関係を築かないと。


 何と言っても今日は久しぶりの――――宮廷魔術師としての、王都外遠征任務なんだから。




 そうして、どこか重苦しい雰囲気の馬車に揺られることしばらく。


 道中、魔物と戦闘になるようなトラブルもなく、太陽が天頂を過ぎて少しした頃、僕たちはとうとう目的地の村へと到着する。


 外に降りた僕は、御者さんにぺこりと頭を下げる。


「長い時間、休憩もなくありがとうございました。おかげでずいぶん早く着くことができて」


「……えっ。ぁあ、いえ、とんでもございませんで! そんな、宮廷魔術師様が頭なんて下げねえでくだせえ!」


「いえ。お世話になったんだから当たり前のことです」


 なんだかえらく恐縮されてる。


 当然のような顔でさっさと降りていった他のみんなの方が、この人にとっての普通なのかな。僕以外みんな貴族だからしょうがないのかもだけど。


 でも、僕は平民だし。


「それより。風除けと追い風の魔術、どうでした? 到着までの時間はずいぶん早くなった感覚ですけど、御者さんの乗り心地とか、馬の様子とかは……」


「……ああ、そりゃもう、ずいぶんと助かりやした! なんせもう冬も近いもんですから、いつもなら凍えて体がガチガチになっちまうんですが、今日はなんともないもんで。馬も体力を温存できて、追い風もあっていつもの二倍は速く着いたんでさ!」


「二倍ですか。となると、僕が思った以上にこの使い方は有効みたいですね。馬を潰さずに休憩を減らせる、と」


「ええ、そりゃ助かるなんてもんじゃねえです。こんなお若ぇのに、やっぱり宮廷魔術師様はえらいもんで……」


 どうせならと道中試してみてたけど、今後も馬車に乗る時は使うようにしよう。


 と、そんな僕たちの会話を聞いていたらしい部下たちが、なにやらボソボソと囁き合ってる……。


「……おい、あいつ馬車の中で魔術なんて使ってたか? 魔力は感じなかったが」


「私には分からなかった。嘘をついているのではないか? あの先代団長の美しい魔術を一方的に負かした……などという嘘も流しているようだ」


 三人の部下のうち、男二人の会話。どうも疑われてるみたい。ちょっとは馬の速度も上がってたし気づいてるかと思ったんだけど。


 うーん、今度魔力感知のコツでも教えてあげようかな。一応僕、彼らの上官だし。


 ……と、そういえば最後の一人は……。


「うわっ、真後ろに。……どうしたんですか? あとの二人と一緒にいないんです?」


 ちょっと離れたところでコソコソしてる二人と違って、残る彼女はたった一人背後で直立不動。僕が視線を向けるとすごく緊張した様子で……なんか、冷や汗をダラダラ流し始めた……。


「大丈夫? けっこう肌寒いのに、体調悪いですか? 休憩します?」


「……っ。いえ、そんなことは! どうかお気になさらないでください……!」


「そうですか? 辛かったらいつでも言ってくださいね」


 本人はそう言うけど、ほんとに顔色が悪い。


 他人を万全に治すような治癒魔術はまだ使えないし、任務中もちょっと気にかけておこう……。


「――はっ、はっ……。怒らせてはいけない、迷惑をかけてもいけない……。あんな恐ろしいひとを……っ」


 呼吸、荒くない? 何かをうわごとみたいに呟いてるし。やっぱり休んでた方が……と。


 そう、声をかけようとした瞬間だった。


「――みなさん、ずいぶんとお早いお着きで! お待ちしてました。あなたがコール上級宮廷魔術師殿ですね?」


「そういうあなたは……」


 村の奥から出てきた男の人。鎧を身につけ、胸元には獅子のエンブレムが刻まれてる。


 うん、間違いない。彼が今回の依頼主――大獅子騎士団「たてがみの盾」の騎士だ。


「さあ、どうぞこちらへ! 村の住民たちと一緒に歓待の用意をしてたんですよ。……今回は我々騎士団も個人を指名する無茶なことをしてますし」


「え、そんなことまで。すみません、ありがと――」


「――へえ、歓待か。そうだな、はるばるこんなとこまで来たんだ。多少の役得は必要だな」


「ふむ、食事の用意かなにかか。私の舌を満足させられる料理はあるかな?」


 あっ。この二人、いつの間にか話を聞きに……。


 というか、その相手への感謝もない言い草はどうだろうか。


「二人とも。せっかく用意してくれた歓待を受けるのはいいけど、きちんとお礼は言わないとですよ。……すみません、私が小隊の代表として感謝申し上げます」


「わ、私も、感謝いたします……!」


 おお、もう一人の子はすごく丁寧だね。腰を九十度曲げて…………なんか、妙に必死というか、悲壮感があるけども。


「ああそんな、ぜんぜん構いませんから! 宮廷魔術師なんて我々騎士よりずっと貴重な戦力ですし、それを四人も派遣いただけて感謝こそすれ!」


 後の二人も彼女を見習って欲しかったんだけど。騎士さんの言葉に当然って顔で頷いてるし。


 ……もしかして僕の感覚がおかしい? そんなことないよね?


 二人とも貴族だし、こういう扱いが当然として生きてきたのかな。でも、こういう農村ってご馳走を用意するのもけっこう負担なんだから。


 さて、なんと注意したら響くものか。


 と、そんなことを考えているうちに。


「さあ、それでは早くこちらへ。……師団長も首を長くして待ってますし……!」


 あ、行っちゃった。あの二人も僕を置いて先に進んでくし。……うーん、仕方ない。


 僕は残ってくれてた部下一人と一緒に、遅れて後を追う。


 ……にしても。さっき、師団長がどうのと言ってたよね。


 ――まさかこの任務、「鬣の盾」の師団長まで来てるの?



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