第16話 訓練と親子(?)の入浴

 ――アトラス王国の王宮内には、各軍事勢力用に訓練場が存在する。


 騎士団はそもそも本部が王宮外だから、王宮の中にある訓練場はあんまり規模が大きくない。その代わりと言ったらなんだけど、魔術用の訓練場は立派なものがいくつもある。


 もともとアトラス王家には優れた魔術師が多いことや、王宮内に宮廷魔術師団の本部があることが理由だけども。姫に魔術を教える上で、王宮内にこういう場所があるのは助かることだった。


 そして。いま僕が姫と一緒にいるのも、そんな訓練場の一つ――。


「んんーっ! ……だ、ダメ! できないわ、パパっ」


「やっぱりできません? うーんなんだろう、ちょっとコツがいるのかな」


「わからないわ……。こんなことできるの、やっぱりパパがすごいだけなのよ」


 ううむ、そうなのかな……。


 首を傾げる僕の前で、姫が白銀の光――星験を散らす。代わりに今度は、僕が黄金の星験を呼び出して――。


「こう……あんまり意識しない方がいいんですよね、たぶん。魔術陣でいう骨子だけ作って方向性を示してやれば――」


 立てた指の先に、金光が解像度の荒い魔術陣を描いたかと思うと、直後。


 世界が、細部を補完する。


「――ほら。何も考えず、星験の動きを妨げないだけでこれです」


 そうしてできあがった小さな魔術陣に、そのまま星験を流し込んでやると。


 立ち昇るのは、天井まで届きそうな黄金の火柱。


「わあ、きれい……」


 ぱちぱちと散る火花が、まるで砂金を振り撒いたみたいだ。僕が思い描いた通り、熱はなく、誰かを傷つけることもない炎。


 できることの多彩さも出力の高さも、普通の魔術とは大違いなんだよね、星験。やろうと思えば、狙ったものだけに燃え移って、燃え尽きるまで消えない炎、みたいなのもできそう。


 姫には身の安全のために、ぜひともこれを習得して欲しいんだけど……。


「そもそも、わたしには骨子を作るのすら難しいもの。……できてるのかしら? これで」


 再チャレンジする姫の前にできたのは、最も初級である光球の魔術陣……のようにも見える歪ななにか。たしかに骨子としては不完全だけど、ある程度の粗ごと補完してくれれば。


「んぐむむっ……あっ。ね、やっぱりダメよ……」


 弾けた魔術陣を見て、ふうっと疲れた顔で息を吐く姫。


 うーん。姫はまだ、星験の基本的な操作を練習した方がよさそう。一番簡単な身体強化への転用はできてるんだから、ちょっとずつステップアップしてけば……。


 ――そう考えていた、次の瞬間。


「ねえ、パパ。それより――」


 大して落ち込んだ風でもない姫が、僕にぐいっと顔を近づけると。


 腰をすこし屈め、綺麗な紫紺の瞳を上目遣いにして僕を見る。


「ね、もうこんな時間よ。約束してたでしょ? これがいなんだからっ」


 そして、甘えるように言うのだ。


「……いっしょに入ろ? ――――お風呂」




 ということで。


 外をカレンさんたち影や、「尾の剣」の騎士が守る、王族専用の浴場にて。


「――はぁ……っ。訓練のあとのお風呂、気持ちいいわねパパっ」


「うんまあ……確かに気持ちはいいですけどね」


 僕の目の前には、大きな湯船で真っ白な肌を大胆に晒す姫。ぐぐっと伸びをすると、艶やかな腕から雫が垂れて、脇の窪みへと落ちていく。


 うーん。これさすがに、まずくない?


「なあにパパ、浮かない顔して。まだ気にしてるの?」


「それは気にしますよ。王女とお風呂に入る宮廷魔術師――しかも男がどこにいるのかって話ですから」


「いいの気にしなくて! だって、パパはわたしのパパだもの。いっしょにお風呂くらい普通よ!」


「パパだとしても。普通この年頃の娘とは入らない……」


 今は見えない乳濁した湯の下には……と。まあ、もちろん頼み込んで水着は着てもらったけど。


 姫、ジキールから帰還したらより一層甘えたになっちゃったから。お風呂だって毎日ねだられて、「訓練もっと頑張るから」って言葉に仕方なく頷いたけど。


 でも、カレンさんとかものすごい顔してたからね。このあと僕、殺されてもおかしくないくらいの。


「見て! こんなね、お風呂用のおもちゃもあるのよ? お湯に浮かぶ……――」


 水鳥の模型を湯船に浮かせて楽しそうに笑う姫。


 その表情は、僕が先日王国に帰ってきた時の憔悴しきったものと一変して、日常の幸せを満喫する少女そのものだった。


 でも、調子が戻ってくれて良かった。帰ってきたばかりの頃の姫は、ほんとに荒れに荒れてたから。


 ジキールも国内の至星教も、とにかくすべてを早急に破壊しようとするし……。


 当然王都にあるのをはじめとした至星教の施設は調べたけど、怪しいものは見つからなかった。


 王国民をジキールに連れ去って黒いことをしてたのは事実だから、向こうに抗議はしてるけど……梨の礫なんだよね。もうちょっと時間はかかりそう。


 あと姫の癇癪が向いた先といえば……カレンさんに、スウさんか。特にスウさんには酷かった。


 姫から見たら、僕を個人の欲望から任務に連れ出し非常に危ない目にあわせた危険人物……と映るらしい。


 誤解だって弁明したんだけど、なぜかスウさんの方もめちゃくちゃ喧嘩腰ではらはらしたよ。


 マグワイアさんがとりなしてくれたからなんとかなったものの。……ちなみに僕が不在の間こういうことがちょくちょくあったらしく、マグワイアさんの姫操縦スキルが向上してて申し訳なくなった。


 とまあ、そんな余談は置いておいて。


「……当面の課題は、国内で気と星験の使い手を保護すること、かあ。特に星験……姫の警護と自衛スキル強化が急務だね」


「またむずかしいこと考えてるの? パパぁ」


「難しいことなら、いつも姫の方が考えてるじゃないですか。僕のは姫が考えてることの足元にも及ばないです」


「むぅ……」


「? どうかしました?」


 なぜか頬を膨らませて、パシャパシャと水をかけてくる姫。わっぷ。


「パパ……ここには誰もいないんだから。喋り方、それやめて? ね、いつもの……」


「ふむ」


 確かに、帰ってきてから事後処理がいろいろ続いて、なかなか姫と二人きりになれなかったもんね。姫の癇癪も案外それが理由だったりして。


 ……よし、それじゃ。


「――僕はね、キルリエラ。ずうっと君の安全を考えてたから、こんな難しい顔してるんだよ」


「はぅ……っ!」


「ほらおいで。こっちで肩までお湯に浸かって? 百数えたら、お風呂上がろう」


「っうん……!」


 頬を赤らめてバシャバシャ近づいてくる姫。膝の間にすっぽり入って、ご満悦に鼻歌まで。


 でもこれで、姫を満足させつつお風呂も上がれる。


 実はまだ宮廷魔術師の方の書類仕事が残ってたんだよね。小隊長になんてなるとそういう面倒もあるから、このあとお風呂上がったらその続きを……。


 そんな皮算用をしながら眺めるのは、長い銀髪を結ってまとめた形のいい頭が、楽し気に左右に揺れるさま。


 ふふ。なんだかんだ僕も、この時間を楽しんでるみたい。


 もうすこしだけゆっくりしたら、仕事の続きを頑張ろうと、そう笑みをこぼして。


 僕は姫の柔らかな重みを感じながら、ゆっくりと目を閉じるのだった。


 


 そうして、その後。


 お風呂を上がった僕たちは、湯気を上げながら連れ立って王宮を歩く。


 同時に、そんなさまを遠くから覗く人影がひとつ。


「――あの、泥棒猫ばっかり、ずるい……。ボクは……ひとりきりなのに……ッ」


 ぎり、と。


 悲痛な軋みが王宮に溶けて消える……。




―――

そろそろ曇らせの準備を。


ちなみに近況報告ですが、おそらくコロナウイルスに感染しました。病院行けてないから自己診断ですけど……。ということで、投稿頻度は今しばらく戻せなさそうです、すみません……。

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