第17話 孤独な超人の決意

スカーレット寄りの三人称視点

―――




 ――スカーレット・クレイは、騎士団内で恐れられている。


 超人であるがゆえの驚異的な戦闘能力。職位への真面目過ぎる姿勢。そして、他者……特に自身より弱い者への、異様なまでの警戒心。


 概して、「鬣の盾」の団員からの評判はこうだ。


 「優秀なのは分かるけど、息苦しいし、ときについていけない」と――。




「――そこ! 剣の振りが全然次につながっていないし、足さばきも拙すぎる! その程度じゃこの間の大男、あれの足止めすらできないよ……!」


「は、はいっ、師団長! 申し訳ありません……っ」


 騎士団本部での訓練にて、二人一組の騎士が何組も立ち合いをする中で。鎧すら身に着けていないスカーレットは、自らも直接団員を相手取りながら、そばで立ち合う別の組にまで鋭く声を飛ばす。


 返事をした騎士や、何ならスカーレットの相手をする騎士まで、ひどく恐れたような様子で体を固くするが……。


「だから……。それじゃ、むしろさっきよりも酷い! ボクがいつも指導していることを覚えてないのかい? 剣術はもっと有機的に……っ」


 そこまで言って。スカーレットはもはや、口を閉じる。


「……ボクはもう、個人での修練へ切り替える。キミ達はいつも通り、ボクが言っていることを反芻しながら訓練を続けるんだ」


 これ以上言っても、もはや意味がない。それが分かったから。


 だって。


 みなが向けてくる視線にあるのは――スカーレットへの……恐れ。


 ――これじゃ……村にいた時となにも変わらない……。


 スカーレットはぎりっと奥歯を噛みしめながら。後ろを振り返ることもせず、足早に訓練場を去る。


 自分が言いすぎたのか? いいや、国民を守るため職務としてお金をもらって訓練しているのだから、真面目にやるのは当たり前だ。


 むしろ、自分より才能がないくせに自分よりも努力しないのはなぜなんだ。そのくせ、こちらにあんな、恐怖の眼差しなんて……っ。


 スカーレットはそう、胸中に吐き出しようのない黒い思いを抱えつつ。汗一つかいていない自身の体をどこか疎ましく思いながら、目指すのは――。


 ――ああ。いまは無性に……アルくんに会いたい……。


 あの心優しき魔術師。自身に比肩する、あるいは超える才能を持ち、唯一すべてを捧げられる少年。


 彼はスカーレットを恐れない。それはもちろん彼が強いからかもしれないが、それでも……彼は魔術師なのだから、ゼロ距離では自身よりも弱いはずなのに。


 きっとそれは、彼がスカーレットと同じ痛みを知っているからに違いない。飛びぬけた才能を持ち、それがゆえに幼少期より周囲に迫害されてきた――。


 弱いから群れ、そして強者を異端として排斥する。そんな道理が逆転したようなおかしな世界は…………――きらいだ、大嫌いだ。


 ボクのことを分かってくれるのはアルくんだけ。あの優しい緑の瞳で微笑みかけて、ボクのことを甘く気遣って、ときにボクの視線を釘付けにするほど蠱惑的で。


 ――ねえ、おねがいアルくん。ボクを褒めてよ、こんなに頑張ってるんだ。でもみんなボクを怖がるんだよ、酷いんだよ、慰めてよ。


 どうかボクを――――導いて……。




 そうして。


 スカーレットの足が、自然と向いたのは。


「――きちゃった。王宮」


 本当は団員に言った通り、ひとりで鍛錬でもするつもりだった。だが、気がつけばすぐ近くにある王宮へと足を運び、こうして回廊を歩いている有り様。


 すこし前なら例の侍女の扮装をして、よく王宮内を歩き回っていたものだ。でも、もうそれも必要なくなった。


 なぜならば、スカーレットはもう見つけたのだ。仕えるべき人を。


 だから、今日もこうして彼女はゆく。彼に甘えて、安心して、しるべとなってもらうのだ。


 だというのに。


「いない……」


 執務室にも、私室にも、訓練場にも。彼がいそうなところは巡ったのに見つからない。


 ――まさか、あの王女サマの私室なんかに……?


 そんな嫌な想像から、王族やその他貴族の居住エリアへと足が向く。


 通常は騎士団員でもおいそれと行き来できない場所だが、師団長ともなれば話は別。警護の兵にも頭を下げられ、その先へと進んでいくスカーレット。


 そして、キルリエラの私室へ躊躇いながらも足を進める道中。


 スカーレットの驚異的な視力は、とうとうその姿を見つける。自身が仕える主の、その姿を。


 しかし。


「っ! アルく――……っ」


 遠く離れた視線の先に、声をかけようとした口が途中で止まる。


 その横に、王女――キルリエラがいたからではない。それはこのエリアにいる時点で織り込み済みだ。あの王女がアルベルトを無理やり連れ回していることも周知の事実。


 では、なにがスカーレットに驚きを与えたのかと言うと――。


「……か、体から湯気? それに、それに……アルくんの香りが、あの泥棒猫と……――」


 超人の並外れた五感は、アルベルトのいつもと明らかに違う部分を残酷に認識させる。


 どちらか片方だけならまだしも。アルベルトもキルリエラも、揃って上気した肌から暖かそうな湯気を出して。


 極め付けは、慣れ親しんだあの落ち着くアルベルトの香りが…………いつもキルリエラがまとう花のような香りに上書きされて。


 え? え? まさか、そんな……と。


 スカーレットには、やりたくても誘うことすらできない、とんでもない行いを。あの泥棒猫は、自分の目を盗んで実行したとでもいうのか。


「あいつ、アルくんと。――……お、お、お風呂に……っ?」


 なんてことを……と。とんでもない衝撃に叩きのめされたスカーレット。


 年齢の割に遅れている彼女の情緒において、風呂をともにする行為とはもはや夫婦の証――つまり、彼女の知りうるもっとも性的な行為に変換される。


 別にスカーレットはアルベルトと恋仲ではない。どころか、スカーレットはこれまで恋をしたと自覚したことはなく、アルベルトへの思いも純粋な好意、そして忠誠のみだと理解している。


 しかし、だからこそ。


 その幼く、そしてどこか歪んだ慕情は…………――この最悪のタイミングで、スカーレットの心をズタズタにしたのだ。


「ぁ、……じゃあ、え……ボクは……」


 あの二人がそんな関係だというなら。アルベルトのしもべである自身は、いったいどうすればよいのか?


 これまで通りに仕えていいのか? 話しかけていいのか? ――あの柔らかな陽だまりのような笑顔を、また向けてもらえるのか?


 まさか、まさか。


 王女サマはきっと、自分を嫌っている。わかるのだ。だって、自分も彼女をそう思っているから。


 ならきっと、王女サマは言う。あんな女と話さないで、と。


 そうしたら彼はいったいどうするのか? 唯一の救いである彼は……あ、愛する……っ王女サマの言葉を無視して、これまで通りに接してくれるのか?


 まさか、村のみんなみたいに。


 ――ボクをあの目で、排斥しようとなんて……。




「ぅ、ぉええ……っ」




 想像するだけで、酸っぱいものが喉まで込み上げる。鼻の奥がツンとして、目がどうしようもなく潤む。


 そんな、そんなことになったら耐えられない。ただでさえ、ずっと限界だったのに。


 初めは村を離れられさえすればと思って。しかし、王都に来たからといって理解者に巡り会うこともできず。


 そうして、やっとの思いで見つけたかけがえのない主人がそんな……――。




 ………………いや。いやだ。


 そんな簡単に、諦められるものか。ボクの救いを、導を、すべてを捧げられる人を。


 ――ボクのアルくんを、そう易々と渡してなるものか……!


 スカーレットはそう、涙の滲む目で遠景を睨む。


 こちらに気づいた様子もなく、誰にも見せないだろう笑顔でアルベルトにまとわりつくキルリエラ。


 対して自分は、薄暗い角から幸せを望むだけの影。


 それでも、諦めてたまるものかと。


 そう心に誓えば、抜けていた力がすこしは戻ってくる。あの羨ましいにすぎる立場を自分がと思えば、この地獄でまだ足掻く気力が湧いてくる。


 そうだ。もっと僕としてアルベルトの役に立って、認めてもらうのだ。


 ボクだって彼のそばにいてもいいと。




 ――ボクこそが、彼のそばにいるべきなのだと……!




―――

前回の更新では体調を心配してくれる声をたくさんいただきありがとうございました!

検査の結果コロナ陰性でした。(味覚障害まで出てたんですが、すでに症状が落ち着き始めてたので出なかったのか……?)


また更新は可能な限りやっていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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