第12話 ちょっと病んでる騎士の誓い

 真っ白に塗られた廊下が、長く、曲がりくねりながら続いてる。


 ここまで歩いて窓は一つもないから、どうやらここは地下らしい。僕たち以外の声が聞こえてくることもない。


 ただ、そのというのが――


「――わ、私たち、無事に帰れるのでしょうか……?」


「俺、村に生まれたばかりの子どもがいるんだ……。もう終わりかと思ってたけど、牢から出られたなら、やっぱり……っ」


 僕とスウさんの背後に連なっているのは、賊に攫われここへ来たという十人ほどの村人たち。それぞれ色んな村から連れてこられたみたい。


 僕たちは賊――ジキール旧王政派の被害を止めるのが目的だから、もちろん彼らを助け出すつもりだ。安心させようと口を開きかけたその瞬間――。


「……気に入らない。こいつらがさっきアルくんに向けた視線、ボクは忘れてないからね……――」


「スウさん……。僕は気にしてないですから。こんなところに閉じ込められたら、ちょっと過敏になっても仕方ないです。それに、彼らを助けるのだって僕たちの任務だし」


「分かってるよ、けどっ。……アルくんは、優しすぎるよ」


 どこか引っ掛かってる様子のスウさん。僕を気遣ってくれてるのもあるだろうけど、どうもそれだけじゃなさそう……。


 僕は肩越しにチラッと背後を見る。


「――! ど、どうかしたか……? えっと、騎士、いや、魔術師様?」


「いえ。さっきも言った通り、みなさんは責任を持ってここから出してみせますから。心配せず、離れずついてきてくださいね」


「あ、ああっ! いや、ありがたい、どうか頼むよ魔術師様……!」


 そう頭を下げたお兄さんは、けれどどこか僕に思うところがありそうな……端的に言うと、視線が合わないんだよね。


 スウさんが言ってた。きっとそれと同じ理由だ。


 ――僕とスウさんが牢を出た後。二人ですぐにやったのは、周囲の確認だった。


 敵がいないか、出口はどっちにありそうか。異様に真っ白な廊下を探索してやがて見つけたのは、僕らみたいに牢に捕まってる村人たち。


 同じく抗魔鋼の牢に囚われてたから、また素手でメキョメキョと鋼を引きちぎったんだけど、みんなめちゃくちゃ怯えてたんだよね。


 最初に素性を明かして牢から出すとは伝えたんだけど……魔術や戦闘に縁遠い生活をしてたみたいだし、こうなってもしょうがないと思う。


 コール村でも、唯一の魔術師だった僕を見る目って同じようなものだったしね……。


 でも、スウさんはそんな彼らの態度が嫌みたいで、最初からずっと刺々しいまま。


 もしかしたら、「鬣の盾」として国内の治安維持にあたる役割上、こういう王国民の視線に敏感になってるのかも。


「スウさん。彼らのために動くことに抵抗があるなら、無理はしなくていいですからね」


「! いいや、でも……アルくんばっかりに負担をかけられないっ。せっかく鍛えたこの力は、使うべき人のために使うべきなんだ……!」


「僕がその、使うべき人ってことですか? それは……」


「アルくんだけが……! それに、値するんだ――」


 強い感情のこもった声に、僕は言葉を止める。


 昨日からスウさんはちょっと様子がおかしかったけど、いまはそれに輪をかけて――。


「……ボクは今日、ここに来て改めて思ったんだ。意地の悪い弱者か悪人ばかりのこの世界で――アルくんだけは、唯一正しかった」


 その目は僕を向きながらも、まるで何かを思い出すように遠くを見る。


「ボクのこと身を挺して守ってくれる、強くて優しくて、そして高潔な人。僕と同じ、才能の孤独を知ってなお――」


 もはや後ろに続く村人たちを気にした様子もなく、スウさんは廊下を進む足を止めた。


「……うん、やっぱりそうだ。何度考えてもそれが正解。アルくんだけしかいるはずないよ……。あの物語の、勇者様みたいな人は――」


 そう、小さく、けれどどこか妄執的に呟いたスウさんは。


 なぜかこっちに向き直ると、僕より高い背を屈めて膝を突く。


 僕を見上げるその濃い赤の瞳には、なんだか狂信的な光が湛えられてるように見えて……。


 驚いた僕に、剣を引き抜いて捧げ持ったスウさんは。


 陶然とした笑みを浮かべて言うのだ――。




「決めた。これからボクの心も体も、そして鍛えた剣も。アルくん、いいや――――あぁ…………我が君に。ぜんぶ、ぜーんぶ、一片も残さず捧げるって――」







 それから。


 どこか異様な、儀式めいたやり取りを経て。――僕たちの一行は、少し変わった。


 後ろをついてくる村人たちから、僕はなぜか貴族の子息だと思われるし。


 「たしかに、お貴族様みたいに綺麗な顔してると思ったんだ」とか、「道理であんなに強いわけです」とか。自分たちとは別世界の人間だと思ったのか、態度は固くなったものの怖がられなくなったのは良かった。


 そして、変わったのは彼らだけじゃなく、もう一人――。


 うわっ。


「――アールくんっ。ふふっ」


「もう……ダメですよスウさん? こんなとこで腕なんて組んで。いつ敵が出てくるか分からないんですから」


「えー? でも、アルくんはボクの主だからね。すべてを捧げた騎士は、そのぶん主に可愛がってもらう権利があるんだ」


「さっきから言ってるその主従像は……なんなんでしょうね?」


 僕の腕を取って、グイグイと鎧の胸部に押し付けてくるスウさん。なんだか息も荒いよ。


「うふふふふふ――」


 仕方ないから、によによと笑みを浮かべるスウさんをそのままに。


 僕たちはこの広大な地下施設を進んでいく。


「……にしても。ここ、本当になんなんだろう」


 僕たち以外に人はいないし、牢屋ばっかり並んで、たまに妙な魔物まで囚われてるし。


 たまに廊下の随所に見られる意匠――星を抱えた女性みたいなマークは、どこかで見た気もするんだけど……。


「アルくん。こういう迷路みたいな道は、壁に手をついて進めばいいって聞いたことがあるよ」


「そうだね……。時間はかかっちゃうかもだけど、そうしてみましょうか。最悪、壁も天井もぶち抜いちゃう手があるけど、何があるか分からないし」


「! いまボクは、我が君にとても有益な情報を提供したよ。ご褒美どうぞ――」


 とうとう高い背を屈めて、頭を差し出してきた……。撫でたらいいのかな?


「んん、くふふっ。くすぐったい……」


 きゃらきゃらと声を漏らすスウさんに思わず苦笑しちゃう。


 我が君とか呼ばれて、友だち同士だった関係が変わっちゃうのかと思ったら、意外とそんなことはなかったよ。


 むしろ、なんだか以前より親密になった気さえする。


「……なあ。あの騎士様と魔術師様は、デキてるのか?」


「ま、間違いなく! ……見てくださいあの騎士様の顔を。同じ女なら分かります。あれは、好いた男の優しさを独り占めして、幸せの絶頂にいる女そのもの……!」


「でも、あの身長と年齢差は、ちょっと犯罪臭が――」


「――何言ってるんです! 素晴らしいじゃないですか、身長差、年齢差、身分差カップル……! 私たちがすべきなのは、彼女たちの幸せを祈ることだけ……!」


 なんだか後ろが盛り上がってるような? さっきみたいに怖がられてるよりずっといいけど、スウさん含めて緊張感持ったほうがいいと思う。


 ここ、抗魔鋼が多すぎて【風】による探知魔術もほとんど効かないし、急に敵が出てきてもおかしくないんだから。


 ……でも、もしかして。あの不思議パワーを使えば、なんとかなったりしないかな。


 なんで思いつかなかったんだろ。ちょっと試してみよう。


「――みなさん。魔術で試したいことができたので、ちょっと今からやってみますね」


「……ま、魔術だって? それは、その、安全なもんなんですか? 俺には分からないんですが……」


「キミたちは、大人しくアルくんに従えばいいんだよ。アルくんが言うことには――――万が一にも間違いなんてないんだから――」


 目が本気です、スウさん。僕、普通に間違いも犯しますよ……。


「スウさんの言うことはお気になさらず……。えっとですね、もしかしたらここを脱出できるかもしれない魔術を思いついたんです。攻撃魔術じゃないから安全ですよ」


 「それなら」と、みんなスウさんの方をちょっと気にしながら頷いてくれたので。


 じゃあ、さっそく。


 僕は四つの属性を同時に励起してより合わせ、どこかへの扉を作り、そして。


「――偽・【星天】」


 そう、唱えた直後だった。




「――――うそ! おにーさん、つかえちゃうの?」




「――!」


 僕たちのさらに後方。


 通り過ぎたはずの場所から、掛けられた声。


 ――それは少し幼さが残る、見覚えのない女の子のものだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る