第9話 達人同士に割り入るは――

 威圧感ある哄笑が響く。


 うちの騎士団とは違う鎧を身につけ、アトラス王国を侮辱する言葉を吐く、大剣を持った大男。どう見ても敵だ。


 しかも、体から立ち昇るのは薄緑のオーラ……大量の気。かなりの強敵と見た。


 よし。それなら――。


「コール小隊、戦闘準――」


『――ちょっと待って、アルベルト』


「……っ? 姫?」


 どうして止めるの? 味方がピンチなのに。


『アルベルト。……あなたが依頼されたのは、敵に魔術師がいたときの対処だけ。なら、これは彼女たちの領分よ』


「でも、姫。騎士が何人も戦闘不能になってます。組織は違えど、同じ国の仲間は助けないと……」


 それにちょっといやらしいけど……こういう時こそ姫派閥の功績を作るチャンス。姫の安全のためにもぜひにと、そう思ったんだけど。


『……』


「姫?」


『じゃあ、せめて……。あの女……スカーレットがピンチになってからにしてっ』


 あの女って。


『相手は剣士よ……? アルベルトが強いのはわかってるけど、わたし、不安なの。魔術師が手練れの剣士を相手になんて、ふつうしちゃいけないもの。だから、ねえ、おねがい……っ』


 続いて、イグナーツさんが姫の言葉に反応する。


「確かにそれは、一理ある。……殿下が一宮廷魔術師にここまで入れ込む異常さを置いておいて。小隊長、さすがに殿下の言うことに逆らうのは……」


「うむ。師匠、殿下の言う通りだ。あの乱戦、味方に魔術を当ててしまう可能性すらある。それに、下手にこちらへ注意を向けさせては接近戦で一網打尽」


「っ! っ……!」


 キーレンスさんとリリーさんまで。


 確かにセオリーじゃ、乱戦で魔術による援護はご法度だよね。……敵だけ射抜く自信はあるけども。


 でも仕方ないか。姫含め、みんなの言ってることは何も間違いじゃないし。


「……分かりました。その代わり、スウさんが危なくなったら行きますからね」


『――スウ、さん……。…………ッ』


「姫?」


『っえ、ええ、わかってるわ。スカーレットは王国の貴重な戦力だもの、みすみす見殺しにするつもりはないわ』


 よかった。それじゃあ僕は、魔力炉を稼働させて、いつでも出られるように準備を――と。


 目を向けた先で、ぽんぽん騎士を吹き飛ばしていた敵が、ちょうどスウさんと対峙したのを捉える。


『…………負けてもらったら、困るけど。でも……パパから心配を向けられるのは、わたしひとりで……――』


「姫? いま何か……ってカレンさん、すごい汗ですよ?」


「いやいや、いいいつも通りであるが……!?」


 ? まあ、いいや。いまはそれより――


「――ハッ。やっと骨のありそうな騎士が出てきたか。名乗れ、若い女」


「やめておくよ。ボクの名前はキミ程度に教えられるほど軽くなくてね」


「ッぬかせ。ならばせめて、一撃で終わってくれるなよ!?」


「当然だよ――。今のボクには、守るべき人がいる……ッ!」


 スウさんから一瞬、熱い視線を向けられる。確かに、魔術師は戦場で騎士に守られる立場だ。


 ……そういう意味だよね? なんだか熱量がおかしい気も……。


 そして、そんなスウさんの発言の直後。カレンさんがビクッと震えて、追加の汗が。


 ――よし。状況が状況だし、もう気にしないようにしよう。


 それよりも今はスウさんの戦いに集中しないと。


「じゃァ、女。行くぞ――」


「――こい」


 そして、剣客ふたりの戦いが幕を開ける――。




 ――ドガァンッッ、と。


 爆発するような轟音を立てて、剣と剣が交わる。


 普通こんな勢いでぶつかれば剣が折れそうなものだけど、二人の剣はびくともしない。直後、衝突の余波が豪風となって吹き荒れた。


 そしてまた次の瞬間。もはや空すら足場とする二人が空中で交錯し、空に剣戟の火花で尾を引く。


 戦いを続けるにつれ、二人の剣気で周囲の瓦礫や怪我人たちが吹き飛び、戦場がどんどん更地になっていく。


「み、見えねえ。何だこの戦いはッ? 剣士に、こんなことが……!」


 慄くイグナーツさんの視線の先で、スウさんが剣を一閃。直後、かわした敵の背後で家屋一つ分くらいの瓦礫が切り刻まれて塵になる。


「いやなんでだよッ。なんで当たり前のように斬撃が飛んでるんだ……! しかも明らかに一振りした結果としておかしいしッ」


「確かに……。し、師匠、これは……?」


「師匠って、魔術の師匠だよね? これ魔術関係ない……」


 まあ、単に知識を聞きたいってだけなら教えられるか。


「あの二人がやってるとんでもない動きとか、飛ぶ斬撃。その正体は――――『気』だよ」


「『気』……あれが!」


 二人は聞いたことあるとばかりに目を見開く。どうやら、実際に目にしたのは初めてみたいだね。


 でも、それも仕方がないこと。なんたって、気の素養を持つ者は魔術師の数の――だいたい千分の一しかいないっていう、それくらいレアな力なんだから。


 でもその分、接近戦における汎用性は魔力の比じゃない。


 極めて倍率が高く、オートで行われる身体能力や武器の強化に、溜め無しの中距離攻撃、果ては一時的な物質化まで。


 魔力じゃできないことができたり、同じことを術式なしでできるから、こと接近戦においては間違いなく魔力の上を行く。


「ハハハハッ! 女で、しかもアトラスの騎士のくせしてやるなァッ!」


「言ったはずだよ。ボクには守る者がいるって……! それに、キミを止められる騎士はボクしかいないみたいだからねッ。だから――切り、刻んであげるッッ!」


「ッ!? ……くッ! なんだ、この気は!」


「はぁぁああああッ!」


 スウさんが吠えると同時――その細い体から膨大な量の気が溢れだし、構えた剣に圧縮されていく。


 極めて卓越した戦士である二人だけど、どうやら気の素質・扱いに関してはスウさんが先を行ってるみたい。とんでもないエネルギーが込められたスウさんの剣から、ときおり稲妻のように気が弾ける。


 あれは……僕の魔力炉から揮発した魔力が飛び出すのに似てる。つまり、相当な密度の気が充填されてるんだ。


 なら、次の一撃できっと。


「――これは……認めねばならんなァ。久々に俺と同等の気の使い手にまみえたと思ったら。どうも、井の中の蛙だったらしい」


「――……。もはや、問答は無用だよ」


「ふん、まァ、そうだな。俺も、これ以上アトラスのクソどもとかわす言葉はない」


 そうして、二人は口を閉ざし。


 互いに剣を構え、一瞬の静止。


 そののち――――ほぼ同時に、一閃した。


 ……わずかに早く剣を振ったのは、敵の大男の方。はっきりと目に見える翡翠の斬撃が、スウさんの首を狩ろうと直進する。


 だが、その直後。スウさんがぽつりと呟いた。




「――――剣解苦界」




 生まれたのは、スウさんを中心とした斬撃のドーム。半球状に地上を覆うそのすべてが、余りに細かい飛ぶ斬撃の嵐だった。


「ぐ、おぉおお――ッ!」


 敵の放った斬撃はすぐ飲み込まれて、何の影響もないとばかりにドームは拡大する。その中がどうなってるかは定かじゃないけど、空気を細かく裂いて攪拌するような、異様な音だけが響いてる。


 そして、その速度はもはや回避が間に合うものじゃなく。


 やがて。


「……くそッ」


 そんな、小さな声を残して。男ごと全てを飲み込み、周囲に散らばる騎士たちを巻き込む直前まで膨れ上がったドームは――ある時を境に、すっと音もなく消えて。


 その完全な更地の中心に立つ、スウさんを見た。


「アルくん……ッ。いまの、見てくれてたっ? ボク、キミのために頑張っ――――」


 それと同時に。


 ぱぁっと表情を輝かせるスウさんの背後に立つ、人間大の魔術陣を構えたあの大男の姿も。


 ――……ま、ずい!


 時間がゆっくり流れるように感じるほど思考を回し、できうる限り最速で全身に力を込める。


 僕はをまとって、スウさんに向け爆発したように宙を駆けた。


「う、わっ……!」


 間にあった距離を一瞬でゼロにして。状況に気づいてないスウさんを抱き留めた、その直後だった。


 超速で現れた僕に気づいてない様子で、男が唱えた。




「じゃあな。――【転移】」




 そうして、スウさんを腕の中に庇ったまま。僕の視界は真っ白な光に包まれて――――




―――

目の前(魔道具越し)でアルベルトが消えた姫の心情たるや……。

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