第8話 猫被りの姫

 さすがに混乱してるよ。王都から離れたこの地に、なんで姫の影であるカレンさんが?


 しかも姫、激怒してるって……。


「いきなり、なんだこの女は……!? 黒づくめで怪しいったらないが、敵か……ッ!」


「……いや待て、イグナーツ。さきほど師匠は彼女の名を。――師匠?」


「だからっ、師匠になったらダメだと言っておる……! これ以上はご主人を抑えられぬ……っ」


 なんというカオス。


 でも、リリーさんは一人距離を取って魔術の準備か、優秀だね。……ただ、その荒々しい魔力で、密集してる中カレンさんだけを撃てるのか疑問だけど。手も震えてるし。


「……リリーさん」


「ッ!? はいいぃぃ!?」


「この人は敵じゃないから、魔術は撃たないでくださいね」


「! はい、仰せのままにぃ!」


 三人の中で唯一、ちゃんと指示聞いてくれるのはいいんだけどね。そんなに怖がらなくても。


 僕は苦笑し、リリーさんから視線を外す。そして、残り二人の部下に向かって言った。


「彼女は僕の知り合いのカレンさん。詳しくは言えないけど、アトラス王国の関係者だから敵じゃないよ」


「……なるほど? 『ご主人』という言葉とその格好から推察するに……人前には姿を見せない類の護衛のよう」


「小隊長が新たに弟子を取ると言うと怒る人物……。……まさか、殿下か!? 聞いたことあるぞ。お前、姿を隠して王族に仕える一族、通称『影』ってやつか……!」


「――ッしょ、小生の正体がバレておる! また怒られるぅ……」


 うかつすぎるよカレンさん。なんでみんないる時に出てきたの……。


 みんなにはカレンさんのこと口外しないよう後で言っておかなきゃだけど。それよりもいま気になるのは。


「もうカレンさんが自分で言っちゃったから気にしないですけども……。――カレンさん、なんでこんなところにいるんです? それに姫が怒ってるって?」


「っそ、それだけは言えぬ! 言えぬよ! まさかこの小生が、ご主人のご指示で……などと! ……っあ、申し訳ありませぬご主人、ご主人んんんん!」


「なんで一人で喋って……って、んん? カレンさんから魔力……いや、これは」


 カレンさんからというより。よく見ると、カレンさんが首から下げてるネックレスから?


 黒づくめだからよく目立つ、大きな透明の宝石が揺れるネックレス。でも魔力を感じるってことは、きっとこれ魔道具だ。


 そして、今のカレンさんの発言を考えるに。


「通信魔道具で、姫がこっちの状況を把握してる?」


「ッ! あ、ご主人ほんとに申し訳……ああっ――」


 カレンさんが悲しげに嘆いた、その直後だった。




『――まずは、礼を言うわ。王国のため、王都より離れて任務にあたるあなたたちに、この私――政務全権代行官キルリエラ・アトラスが』




「――ッ!」


 姫の声が聞こえたその瞬間。イグナーツさん、キーレンスさん、リリーさんの三人が一斉に跪く。


 貴族だからこそ体に染みついてるだろうその動作。田舎出身の僕よりよっぽど王宮の作法に詳しい彼らがそうするんだから、僕も真似した方がいいのかな。


 じゃあ、急いで。


『あ! パ――アルベルトはいいわ! そのままで! もちろんねっ」


 え? うーん、まあ、僕は姫の補佐役だからってことでなんとか説明つく、かな……?


「しょ、小生は……」


『……。本当なら、地に頭をつけてもらいたいけれど。それじゃあ私がそちらを見れないわ。仕方がないから、黙って立っていて』


「……」


 しょんぼりと頷いたカレンさんは、ほんとに一言も話さず棒立ちに。僕のことは凄い目で睨んでくるけど。


 というか姫。その通信魔道具、音声だけじゃなくて映像まで共有できるんですね。そのサイズでってことはめちゃくちゃ貴重な……それこそ国宝級のやつでは。


 ちょっとばかり呆れた目を向けたからか、魔道具越しの沈黙に気まずさを感じる気がする。


 まあ、でも。僕は他の三人に聞こえないようカレンさんに近づいて、胸元のネックレスへ囁くように……。


「……色々聞きたいことはあります。けど、さっきの会話はきちんと言いつけを守れてましたし……。――上手にできたね? キルリエラ」


『! っうん!』


 人前ではちゃんと王女として振る舞えてたから。


「うう……。離れよ、小生から……」


『なにか、いったかしら――? カレン』


「ひょえええ! なんでもありませぬ!」


 ちょっと態度が露骨すぎるのはあれだけども。まあ誤魔化せる範囲でしょう。


 と、いうことで。


「それじゃあ姫、自己紹介も終わったところで。差支えなければ、僕の部下たちを立たせてあげても?」


「ええ。アルベルトがそう言うならもちろん」


 その言葉を皮切りに、恐る恐る腰を上げる三人。


「……ほんとに、あの殿下からこんな。マジでか……」


「うむ。だがあれほど華麗な魔術行使、さもありなん。美しい者同士はひかれあうものだ」


「……っ。……っ!」


 リリーさんはもはや声も出せないみたい。


 さて。じゃあ……スウさんの方も今のところ問題なさそうだし。やっと落ち着いて話をできるようになったところで、気になるところを――。


「それで、姫? いったいぜんたい、どうしてカレンさんを遣わしてまでこんなところに?」


『それは……』


 先日の一件で、姫からかなりの執着を向けられてることは分かってるよ。でも、ただそれだけでこんな国宝級の魔道具まで持ち出してきたりはしないよね?


「理由など、聞かずとも明白だろうに……」


『カレン――?』


「はいいいい、申し訳ありませぬ! 誰かぁ、小生のお口に封を……!」


 あはは。それで、理由は……?


 この場のみんなが息を呑み、魔道具越しに姫の回答を待っていると。


 姫は、告げたのだ。


『私は未だ、政敵の多い身よ。そしてアルベルト。あなたは私の唯一の……腹心』


「――!」


『そんなあなたが騎士団の師団長から強引に派遣を要請されたんだから、娘……じゃなくて。主人として、警戒をするのは当然のことよ』


「むすめ……?」


 あああ。一同、首ひねってるよ。


 でもなるほどね。姫、今回の依頼自体が邪な意図によるものじゃないかって警戒してたのか。


 僕の目線では、遠征中はマグワイアさんたちが姫を護衛してくれてるから安心してたけど、姫の方も僕を心配してくれてたんだね。この依頼を受ける前の反対もそういうことなら、言ってくれたらよかったのに。


 カレンさんが物言いたげに魔道具を見てるのはちょっと気になるけど。


 まあいいや、と。それじゃあ、スウさんが依頼主の時点でそういう意図はないだろうし問題ないよと、そう姫に伝えようとした、その時だった。


「……少し、良いだろうか。殿下にひとつ、お伺いしたいことが」


 キーレンスさん?


『……。なにかしら、言ってみなさい』


「では、ありがたく。もしや殿下は、私が――師匠の弟子になることを、望んでおられない?」


 一瞬、空気が凍った。


 カレンさんもイグナーツさんも、目を見開いてキーレンスさんを見て。リリーさんはずっと震えてるけど、なんかもう立ってられないくらいの振動に。


 いや、まあ。さっきまでのやり取りを聞いてるに、キーレンスさんの懸念通りなんだろうけど。


 姫、けっこう独占欲強いから……。


 でも姫、約束したもんね? クーデター起こしたときみたいな無茶をもうしないように――人前で僕を、信頼する部下以上として扱わないって。


『ッ。それ、は……』


 言い淀む姫。張り詰めた空気の中、みんなが姫の言葉を固唾をのんで待つ。


 そして。


『私、は――』


 姫がなにごとか言おうとした。


 その、次の瞬間だった。




 ――――ドガァン、と。スウさんたちが向かった敵拠点から轟音。




「……!」


 今のは……!?


 急いで視線を向けるとそこには。


 ――空に向かって吹き飛ぶ、元は建物だった残骸の木片。同じく宙を舞う、何人もの騎士たち。


 そして、その直下に堂々と立つ男が一人。




「――ハハハハ! 恐るるに足らんなァ! アトラスの弱兵どもッ!」



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