第5話 ボク、そんなつもりじゃ……
「ねーえ、のもうよアルくぅん。ほらたのしーよ? アハハハハ!」
「確かに、とっても楽しそう」
隣の椅子から身を乗り出して、子どもみたいにベタベタとちょっかいをかけてくる。あっ、ちょっと。服の中はダメですって。
「こらっ。ダメですよ、こんなところで」
「……」
「ちょっと、無言で続けるのはやめてくださいって。なんだか怖いですよ?」
「……むぅ」
やっとやめてくれた。公衆の面前で腹や胸を直接なでまわされるのはさすがに恥ずかしいです。
「じゃあいいもんねぇ。ボク、アルくんのお膝でねちゃう。師団長だからさ!」
「……これ、止めたほうがいいのかな? 騎士団内での威厳とか」
ほら、向かいで見てるここまで案内してくれた騎士さんとか、ものすごい表情してるもの。
と思っていると、彼が口を開いて……。
「師団長をここまで手懐けるなんて。コールさん、あなたはまさに特級の猛獣使いだ……ッ」
「も、猛獣使い……?」
「俺はこれでも、入団以来ずっと師団長を見てますけどね。大変ですよお、これほんとに! 普段クソ真面目な癖に、なぜか侍女の格好してほっつき歩いたりもするし! コールさんにベタベタしてるのは犯罪臭するし……!」
この人も酔ってない? 上司のことをボロクソ言ってるよ。
というかよく見ると、この部屋にいる人だいたい酔っぱらってる気がする。あちこちで騒ぎが。
「そもそもねえ、今回は宮廷魔術師派遣の要請を出しましたけど。師団長が来るなら、そんなの別に要らないと思うんです!」
「ええ……。やっぱりそうなんですか?」
「そうですよ! だって師団長、『鬣の盾』の歴代最強と名高いんですよ? 多少できる魔術師がいたところで全員なます切りですって!」
「じゃあ。なんで僕たちを呼んだんですか?」
「要請を出すと決めたのは師団長で、その理由も最初は分からなかったんですけどね。……俺が思うに――あなたです、コールさん! あなたと、ほら、なんか……同じ任務をこなしていい感じになって、くんずほぐれつ……みたいな!?」
そんなわけ……ええ? 違いますよねスウさん? 膝の上でゴロゴロしてるスウさんや。
「あ~、アルくんのお膝さいこう……。ここボクのお家にするう」
違いますよね? スウさん。
なんて……。そんな、酒の席特有のカオスな会話を繰り広げながらも。
――気がつけば。なんだか久しぶりに、僕は郷愁にも似た気分に浸っていた。
こうしてみんなで集まって。どこか覚えのある料理を楽しみながら、酒を飲んで騒ぐ大人たちを眺めてたあの頃。
僕がまだがらんどうになる前……広い世界を知る前の、小さな村の住人だったあのときを。
「ふふ。なんだか、久しぶりに故郷が懐かしくなったかも」
辺りを見渡しながら、誰に言うともなくこぼした呟き。
それを、拾う者がひとり――。
「…………。アルくんは、帰りたいのかい? ……故郷なんかに」
「え? それはまあ、帰れるものなら」
「………………。故郷なんて、帰ってもいいことないとおもうけれどね。ボク、王都に出てきてから帰ろうなんて思ったこともない。ボクたちみたいな人種を受け入れる器もない、あんな田舎なんか」
? どうしたんだろう、スウさん。なにか故郷に嫌な思い出でもあるのかな。
「うーん……でもやっぱり。帰ろうと思って帰れる場所があるのは、救いになることだってあると思うんです。あんまり好きな場所じゃなかったとしても、自分が生まれた場所なんだから」
「そんなの……っ。結局、恵まれた人がそう思うだけで! ……そんなに帰りたいなら――――アルくんは好きなだけ帰ってればいいよ……っ!」
「……!」
…………。
帰ったらいい、かあ。まだ帰る場所が残ってるならそうなんだけどね……。
僕はいま、もしかしたらスウさんの触れてほしくないとこに触れちゃったのかもしれない。まだ膝の上にはいるけど、僕のお腹を向いて顔を押しつけてくる。
でも――。
「これは、老婆心かもしれないですけどね。故郷には一度、帰れるうちに帰ってみてもいいかもしれません。実は、僕も昔はスウさんと同じこと思ってて。実際帰ったって良いことなんてないかもですけど、でも。――……後から、悔やむことになるくらいなら」
本心からの言葉だったんだけど。僕に顔を押しつけたまま、スウさんは動いてくれない。
響かないかな、こんな言い方じゃ。ありきたりと言われればそんな気もする言葉。
……。僕、スウさんの友人の一人として、できるなら彼女には手遅れになってほしくない。だから――
「――――戦争で無くなっちゃったんです、僕の故郷。だからスウさんには、僕と同じ後悔をしてほしくなくって」
「……。ッ!? ぁ、え……」
すこし間をおいて、ガバッと膝から顔をあげたスウさん。
顔からは血の気が引いてる。それに大きく目を見開いて、震える口から言葉にならない声を漏らす。
そうだよね、やっぱりこんな話聞いちゃったら白けちゃうよね。でも、ほんとに心からの助言をしたかっただけなんだ。
だから。
「――ご……っ、ごめ……! そんな、つもりじゃ……っ!」
「謝らなくっていいんですよ。スウさんは知らなかったんですから」
「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい……! きらいにならないで……ッ」
「……? ならないですよ、嫌いになんか。ただ、僕の言ったことが頭の片隅にでも残ればって」
「ぅううう、ごめんなざい! ボクには、アルくんだけなんだっ! ボクのこと分かってくれるのは……! だから、み、見捨てないでぇ……」
スウさんが泣きながら僕に縋りついてくる。さすがにこの様子には酔っぱらっていたみんなも話をやめ、強い戸惑いの視線を向けてくる。
「しょ、小隊長……。いったいなにしたらそうなるんだよ……」
僕にも、どうやら地雷を踏んだらしいとしか……。
スウさんどうどう、と。とりあえず背中を撫でて大丈夫と繰り返すけど、それにどれだけ効果があったのか。
そうして、そんな異様な雰囲気に包まれる部屋の中で。スウさんの嗚咽と、僕がそれをなだめる声だけが、しばらくこの場に響くのだった――。
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