第4話 怒りのち酔い

 氷のように冷たく、けれど確かな不快感を込めて。スウさんは二人にそう吐き捨てた。


「な……し、師団長殿。なにか私たちが気に障ることを――」


「――さっきも言わなかったかい? キミたちのように大した実力もない者がアルくんを軽く見積もる。滑稽を通り越して不愉快だと、そう言ってる……ッ」


「ッ!?」


 うわっ、ものすごい威圧感。というよりこれ、「気」の放出じゃ……。


 近接戦闘職でも上澄みしか使えない、魔力とはまた異なる体系のエネルギー……。気って基本的に体や武器にまとわせるものと思ってたんだけど、魔力みたいに放出もできるんだ。


 ……じゃなくって。


「あの、スウさん」


「ん? どうかしたかな、アルくん?」


 急ににこやかに。さっきとのギャップが凄い。


「僕に気を遣ってくれるのは嬉しいです。けど、二人を許してあげてくれないですか? たぶん悪気があったわけじゃないと……」


「……むう。悪気がないならなおひどいと思うけど。でも、アルくんは穏やかだからね。ボクが代わりに、優しく教育拳で矯正してあげようか!」


「うーん。それよりその、気を出すのもやめてもらえると……。うちの部下たちが気を失いそうで。あっ、ほらちょっと泡吹いてて」


「ええ! この程度で? 威勢のいいこと言ってたわりに情けない」


 いやいや、スウさんの威圧が凄すぎるんだよ。……あ、気の放出が止まった。


 直後、部下の三人が空気を取り戻したように深く呼吸する。


「ッは! ばぁっ、はっ……! あぁぁっ……」


「今の、化け物じみたプレッシャー……! これが師団長……ッ」


 うん。喋れるなら大丈夫。


「よし、二人とも。今の、僕は気にしてないですけど……周りで聞いてる人もそうとは限らないから。人前では、特に仕事中は言動に気を遣ってくださいね」


 そう伝えた僕に向けられるのはまるで――得体の知れないなにかを見るみたいな目。


「……まさか、いまの圧力になにも感じていないとでも言うのか? 私は醜く取り乱してしまったというのに。あの噂、もしや……」


「いや、それこそまさかだ……っ。偶然、だろ……」


 なんだかまた妙な目で見られてるけど。これに懲りて、少しは謙虚堅実に任務をこなしてくれれば。


「……よし。それじゃあ、申し訳ないですけど。スウさんの言う通り、僕以外は席を外してもらっていいですか? これから指揮官同士、二人で任務について話をします」


「もちろん、任務のことは詳しく話すよ。……でもボク、キミとはもっと深く語り合いたいなあ……なんて。てへへ……」


 ちょっと、ストップ。友人同士だからこうやってふざけるのは全然いいんだけど状況が悪い……ああほら。三人とも僕らをすごい顔で見ながら退室してくよ。


「……殿下だけでなく、騎士団の師団長もかよ。いったいどんな手で」


「……私の美しさでは、小隊長に敵わないと言うのか? くっ、そんな……」


「は、早くいきましょう……。ああ、せっかく置物のように静かにしていたのに。こんな恐ろしいところからは一刻も早く――」


 ほら、またすごい誤解されちゃって。……なんて思ってると。


「まだなにかブツブツ言ってるかい? ……次に僕の前で同じことをすれば、五体満足で帰れると思わないことだね」


「ひいっ」


 急いで出てく三人。


「あんまり脅さないでね……」


「ん、なんのことかなアルくん! それよりはやく、ご飯でも食べながらお喋りしよう。色々話したいことがあるんだ――」


「……」


「な、なんだい? そんな、じっとりした目で見て」


 ……今からの会話は最低限ですよ。ここ、明らかに大人数用の準備がされてるし。


「楽しいお喋りはあとでお願いしますね」


「ダメ? お喋り。……あ、ダメ、そう……。はあい……」




 ということで。


 さっさと任務関連の情報共有を終わらせた僕らはその後――


「――それで。ここにいるのがその、今日来てくれた増援の宮廷魔術師たち、コール小隊のみなさんだよ。対魔術師の切り札になる戦力なので、盛大に歓迎しよう!」


 大部屋に集まった、村の重役や騎士たち。代表としてスウさんが声を上げた直後、僕たちを迎えたのは盛大な拍手と歓声だった。


「賊の連中には本当に困っておるんです。魔術師さまがた、どうぞ我らが村をお救いください……!」


「作物を荒らし、同胞を殺し、攫っていく、あの憎き賊どもを!」


「ぜひ、ともに力を合わせて頑張りましょう!」


 そんな期待のこもった反応には、うちの部下たちも一人を除いて満更ではなさそう。


「まあ、俺たちが来たからには在野の魔術師程度なんてことない。大船に乗ったつもりでいてくれよ。な、キーレンス」


「うむ。私たちは国内魔術師の頂点。それが四人も揃っていれば、賊の美しくない魔術など完封できるだろう」


「ほほぉ、これは頼もしい! さあさ、大したものではございませんが、ご用意した食事と酒を存分に……!」


 イグナーツさんもキーレンスさんも、さすがにさっきのことことがあっては変な対応はしてないみたいだね。差し出された料理やお酒も、渡される端から楽しんでるみたいだし。


「ほう。この料理など、荒削りではあるが中々に美味……。見た目にも手が込んでいて華やかだ」


 なんか品評し始めた。まあ大人しくしてくれるならいっか。


 苦笑しながら、すこし離れた席の部下たちを見ていたその時だった。隣から掛けられる声。


「――やあアルくん。楽しんでるかい?」


「スウさん」


「さっきはほんとにちょこっと任務の話をしただけだったからさ。今度こそ楽しくお喋りしようじゃないか」


 みんなの前で挨拶して村長さんたちとも話した後、確保してた隣の席に戻ってきたみたいだ。


「うん、そうですね。明日のこととか、もっと詳しく話したいと思ってたんです」


「むむ。それってまたお仕事の話じゃないかい? …………せっかくプライベートなお喋りができるチャンスなのに。まあでも、アルくんとお話しできるならなんでもいっかぁ」


 どこか子どもっぽくこぼすスウさん。すらっとしてて大人っぽいのに、こうして口を尖らせたり、からっと笑顔を見せたり、なんだか不思議な人だよね。


 でも。確かに、これまで王宮では長時間の話をする機会もなかったし。真面目な話が終わったら、いろんなことをお喋りするのもいいかも。


 なんて、そんなことを考えていたんだけども。




「――――あえ? ちょっとおアルくん! なーんでぜんぜん吞んでなーいのぉ!?」




 ……べろべろに酔っぱらった「鬣の盾」師団長にだる絡みされるなんて。


 そんなの、誰も想像つかないでしょ。



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