第3話
「ふう……」
宿屋にある自室に戻り、部屋の鍵を掛けて装備を外して――ようやく一息だ。
まあ装備なんて言ってもショートソードを腰に吊ってるだけなのだが……。
解放感ってやつだよ、解放感。
久しぶりに夜に酒場で食事なんてしたもんだから、疲れも一入だ。
冗談じゃなく日常的にケンカが起こるからな……。
巻き込まれないためには警戒しなければならず、食事という楽しみも半減だった。
思わずベッドにダイブもする。
「あー、今日も疲れたなぁ……」
心地良い疲労感とは裏腹に、漏れ出る愚痴は中年のそれだろう。
齢十六にして社畜の心得も備わります。
割と柔らかいベッドが悪いよ、ベッドが。
風呂トイレ付き、ただし飯は付かない一部屋。これでお値段五千ウィル。安い!
ただし物価を真面目に考えた時、日本円に換算すると一万五千円は下らない価値になるが……。
内容がビジネスホテル並みなのに、お値段はスイート。いや甘くねえよ。
そりゃ長期連泊も可能だわ。
この宿屋を経営している細身のおじさんもニッコリの太客である。
こっちの世界に来てからズッと居るからなぁ……そりゃスマイルサービスぐらいは付くか。
未だに握っていた剣帯に気付いて、ベッドの横へと放る。
時計が無いので時間は分からないが、おおよそ午後八時か九時ってところだろう。
さすがに寝るには早いよな? ……下手に早く起きたところでやることもないし。
疲労感とベッドが誘う睡眠欲を、魔物と戦うことで培われてきた集中力で振り払う。
ぐっ……やられはせん、やられはせんぞ!
たぶん一時間ぐらいで起きれた筈である。なんて精神力なのか……。誰かに自慢したい。
洗面所なんて無い造りなので、奥の扉を開ければ直でお風呂だ。
ドーン、デカい
……これが異世界流お風呂なんだぜ? 詐欺じゃなく。
高級な宿屋だったらちゃんとした風呂もあるんだろうけど、高級感で勝負する宿屋なんてこんなもの。
ちなみにお湯は有料です。
飲み水もそうだが、基本的に水にはお金が掛かる。
川が無いわけじゃない。
ただ何が混ざってるか分からないってだけで……。
ぶっちゃけ生活排水は混ざりまくってるだろう。下水道があるからね。水道を上下に分けてるかは分からないが……とりあえずは下水道って呼んでいる排水先。
そもそも浄水装置的な物を見たことも聞いたとこもないので只の水道説もある。
ただ飲用するのが危ないってのは周知だ。
故に有料。
そもそも生活排水が混ざってなかったとしても、魔物の生活圏である森を通って流れている川の水だから。
あの黒い粒子化する魔物の……。
なので大体の飲み水は濾過消毒……こっちじゃ『聖別』って言われている浄化をしてからでしか飲用にされない。
もしくは――自分で出すか、だ。
ナミナミと風呂桶がお湯で満たされるイメージに沿って魔法が発動する。
すると木桶の底から湧き出した水が、その水位を増していく。
湯気の立つ様から、これがお湯であることが分かるだろう。
念のため、お湯に手を突っ込んで温度を確認した。
適温だ。さっさと入って、とっとと寝よう。
いざ入浴。
いいお湯でした。
やっぱり風呂に入って良かった。風呂付きの宿は魔法が使えるなら正解と言わざるをえない。命の選択だった。
風呂上がりのサッパリ感は元の世界と変わらない。割と高級品である石鹸とシャンプーを惜しみなく使用しているからだ。く、悔いは無い……!
しかし尚更勤労に励まねばならないだろう……今の生活の質を下げないために! お父さんお母さん、ありがとうございます! 失って初めてありがたみを知りました!
……ついでに歯磨きもしとくか。次は眠気に負けるしかないわけだし。
服も着替えて寝る準備万端の俺は、浴場の端に置いてある小さめの木桶に手を伸ばした。
中にある歯ブラシを掴む。
歯磨き粉なんて無いので水洗いだ。毛は針ネズミっぽい魔物の毛を使用しているらしく、歯垢に反応するのか綺麗に磨ける。
割と手間だよなぁ……こういうの。でも生活関連の魔法解決はなぁ……。
出来なくはないと思っている。
でも出来ない。
特に『クリーン』的な、身を清める系というか……歯を綺麗にする! 体をサッパリさせる! みたいなのは成功したことがない。
難しいとかじゃなく……。
単純に魔力が足りないのだ。
たぶん、老廃物を『消滅』させるからなんだろう。
イメージが『綺麗サッパリ無くなる』になるからだ。
そこは『魔法って便利!』で解決させてくんねえかなぁ……いやほんと。
口を濯いでトイレに行って、これでやり残しは――
「おっと、忘れるとこだった」
未だに溜めたままだった風呂桶のお湯も抜いておく。
木桶の底に栓があるので、ここを抜くだけで簡単に排水できる作りだ。
ドボドボと抜け始めた風呂の水が、無事に排水口に流れていくのを見て頷いた。
たまに詰まったりするからな……今日はオッケー。
部屋の鍵が締められていることを再度確認して、ベッドの横に置いた剣帯が直ぐ掴める位置にあるか確かめて――魔法で作っていた灯りを消す。
ランプならあるんだが、どうにも光に馴染めないので灯りはいつも魔法頼りである。
あっという間に暗闇に染まった部屋の天井を、微睡みながら見つめる。
現実と夢の境。
意識が切れたり繋がったりする合間。
疲労感と虚無感からか、意図しない愚痴があふれ出た。
「あーーー……………………帰りてぇ……」
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