第2話


「全部で一万二千ウィルになります、ご確認ください」

「へーい」

 受付カウンターの上に置かれた硬貨を手に取って確認する。

 まあ一目見れば分かるってもんだが、これも様式美だろう。

 百円玉っぽい銀貨が一枚、十円のデカい版である大銅貨が二枚。計一万二千ウィル。

 カウンターの向こうにいる黒髪ショートの美人さんに頷いて応える。

「はい、確かに」

「お預け入れして行かれますか?」

「お願いします。あ……えっと……これで」

 手持ちの大銅貨を三枚取り出してカウンターの上に並べると、代わりとばかりに銀貨を一枚掴んでポケットに押し込んだ。

「承りました。ご利用ありがとうございます」

「あ、いえいえ」

 別に頭を下げる必要はないんだが……どうにも小物気質が抜けず、いつも通りの対応になってしまう。

 残額表示や入金確認を手振りで断りカウンターを離れる。

 どうにもが気になって、こっちに来た当初は幾度となく口座確認をしたものだが……。

 ……俺も慣れてきたよなぁ。

 ふと昔を懐かしんで異世界情緒溢れる冒険者ギルドの中を見渡した。

 受付の前に行列なんかは出来ていない。

 客が少ないとかじゃなく……冒険者情報保護のためらしい。

 どっかで聞いたことのあるような言葉だ。

 冒険者ギルドに入ると入口の直ぐ横に『買取札』『依頼札』と書かれたボックスがそれぞれ置いてあり、そこから札を取り出して呼ばれるのを待つのが受付の仕組みである。

 呼ばれるのも口頭じゃなく札の反応を見て、になる。

 振動したり、音が鳴ったりする。

 なんとも現代的だろう。

 だけどこういう仕組みが出来上がった理由っていうのが『並んで待たれると揉め事が多いから』なのだから……やっぱり異世界なんだなって感じられる。

 この札番を導入してから受付の回転や行列間の揉め事は頗る減ったという。

 うん、まあそりゃ……ケンカも多けりゃ改善もするか。

 迷惑を被るのはギルド側なわけだし……。

 おかげさまでスッキリとしたカウンター周りだったが、その分のシワ寄せか、依頼板の近くや酒場の中には、予想よりも多い冒険者の姿が見受けられる。

 依頼板の方はそこまででもないが、やっぱり冒険者と言えばギルド併設の酒場なんだろう。

 めちゃ混み。

 依頼終わりだったり情報収集だったり……ただ暇してるだけだったりと、いかにもな冒険者達で席が埋まる。

 どうやら仕事終わりの一杯は全世界共通のようだ。

 まあ、お腹減るもんな。

 冒険者ギルドとしても払ったお金を直ぐに回収出来るシステムなので、こちらの方では多少の目溢しもあるようだ。

 それだけにうるさいんだよな……。

 そりゃカウンターと酒場が冒険者ギルドの端と端に設置されるわけである。

 ガヤガヤという喧噪が近づくにつれ見えてくる丸テーブルの群れ。

 その殆どが埋まっていた。

 明らかな年上や筋骨隆々のマッチョなんかには未だにビビるが、それもしょうがないと言えばしょうがない。

 こっちに来るまでの十五年間で社会経験なんて皆無だったのだから……いきなり強面のお兄さんが同僚なんて言われても……ねえ?

 そりゃビビりますよ。ええ。

 いやたとえアルバイトなんかを経験していたとしても怖かったと思う。

 うちの中学で有名だったヤンキーの上田くんでもビビるって。ちょっと上田くん呼んできてよ、ほんと。日本人っぽいのを俺だけにしないで。

 中学でボッチだったからって異世界でもボッチにしなくても……。

 頼れる者のいない孤高な冒険者である俺は、鋭い視線を素早く搔い潜りながら空いているテーブルの一つに腰を下ろした。

 見慣れないテーブルだな?

 いつもは入口近くの席なのに、今日は奥の方しか空いていなかったからだろう。

 目立たないためにはスムーズな行動が必要だった。仕方なかった。

 ……。

 めっちゃ混んでるじゃん?! やっぱり粘ってゴブリンなんか探すんじゃなかったよ!

 一日のノルマのために森の浅い所をウロウロし続けてゴブリンを探していたからか、時刻はすっかり夜の領域だ。

 さすがに外門が閉まるまで粘ったわけじゃないが、冒険者ギルドにたどり着く頃には日も暮れていた。

 この時間から酒場の客が多いのは、もはや必然だろう。

 俺、酒なんて飲まないのに……。

 酔っ払いに絡まれないようにしたい。

「おけぇりー。どしたん? 今日は遅かったね? 注文なんにする?」

 なるべく他の客と目を合わせないように、気怠げぶってテーブルの表面を眺めていたら、給仕ウエイトレスの一人が注文を取りにきた。

 ちなみに水なんてサービスは、ここにはない。

 お水も有料だからだ。

 更に言うなら、こっちの世界の給仕っていうのはギルドの受付嬢と違って敬語もないし遠慮もない。なんなら機嫌の良し悪しで飯も出してくれない――なんてこともある。

 せちがらい世の中……いや厳し過ぎない?

「ほいほい、ボケッとしてないで注文注文。この時間は忙しいんだからね?」

 髪を三角巾で纏めたエプロン姿の女の子が言ってくる。

 藍色の髪に青い瞳をした十五歳ぐらいの少女である。

 まさに異国……っていうか異世界み溢れる少女だろう。青髪て。

 割と浅い時間にご飯を済ますせいか、すっかりと顔を覚えられていた。もはや知り合いと言ってもいいだろう。たぶん。

 名前も知らないけど。

「今日は何があんの?」

 メニューなんて気の利いた物は無いので、いつものように問い掛ける。

「いつも通りだよ。肉、魚、野菜の焼いたやつ、生野菜サラダ、高いの、安いの」

「じゃあ水を一杯とサラダ一つと魚二つで……あ、パンも一つ」

「ほいほーい。……相変わらずお金持ってんね?」

「ハハハ……」

 いやこっちの食料事情がおかしいんだよ!

 今のメニューを高い順に並べると、『高いの』『パン』『魚』『野菜』『肉』『安いの』――になる。

 なんと肉より野菜や魚の方が高いのだ!

 そして主食も高い! だからお金を持っていない奴の食事は肉オンリー。絶対病気になるんですけど?! ふざけんなっ!

 ちなみに俺の注文オーダーは現地民からしたらセレブ飯ぐらいの感覚らしい。

 しかし元の世界の食生活や貨幣価値に引っ張られているからか、『むしろ普通』ぐらいの意識に収まってしまう。大体一食が千から千五百ウィル。そこまでじゃないでしょ? なんて思っちゃう。

 大きめの肉串が一本で百ウィルとかだから……それを考えると確かに凄まじい値段の食費になるんだろうけど。

「水が百、サラダが五百、魚が二つで千四百、パンをワンカットで九百だから……二千九百ね。全部で三千ウィルになりまーす」

「色々おかしい」

 サラダ三百で魚四、五百ぐらいじゃなかった? パンは割と上下するけど。

 しかし底冷えした声が届く。

「いらないのね?」

「三千でオッケーです! いや助かるなー。三千で夢のような食事ができるなんて!」

 フワフワのパンと魚料理がボッタクリ値段じゃなく食べられるのはギルドの酒場ぐらいなのだ。これでも全然マシな方だろう。

 給仕様の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 注文票をカキカキしていた給仕様が溜め息を吐く。

 ひ、ひえ……!

「港町からの運搬車が襲われたの。野菜はともかく、しばらく魚は高騰すると思うよ?」

「あ、そういう……」

 それを先に言ってくれないと。

「盗賊退治、結構いい値段になるらしいよ。受けたら? ついでに魚も取り戻せるから一石二鳥じゃん」

「それ、取り戻せたとしても腐ってません?」

 食べろと?

「三千」

「あ、はい」

 こちらの質問に答えることなく代金を要求してきた給仕様に、混雑を理解してポケットから素早く大銅貨を三枚取り出すとテーブルに置いた。

「……」

 しかし給仕様は受け取らない。

「うん? 何? 別に偽金とかじゃないよ?」

 ギルドで貰ってるお金だし。

 ジッとこっちの顔を見てくる可愛い女の子に、もしや長年の想いでも告げられるのではあ?! と心の準備をしていたら、彼女がボソリと呟いた。

「……チップ」

「会計に加算されてましたよね?」

「チップ」

「三千ってキリがいいじゃん?」

「チップ……欲しいな~」

「色気ゼロ」

「ぶっ殺すわよ?」

 ここらが潮時か……。

 なんでチップ文化なんてあるんだよ……だから賄賂が無くならないんだぞ! 街に入る際には大変お世話になりました!

 ポケットの中を鳴らすことなく、銅貨を更に一枚テーブルの上に置いた。

 ここで慌ててポケットの中をまさぐりチャラチャラと音を鳴らすと『こいつまだ持ってんな?』と思われてしまうからだ。

 大切なことだ。

 ドキドキ。

 僅かな沈黙が過ぎ去り――

「わーい、ありがとう」

 ニッコリと笑って料金を回収していく給仕様。

 知ってた? 異世界じゃスマイルだってタダじゃないんたぜ……。

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