第9話




 孫策そんさくは盛大に膨れていた。



「また留守番かよ!」



 孫堅そんけんが馬に乗っている。

「仕方あるまい。けんが病なのだ。父も不在お前も不在では、権も寂しがる」

「百歩譲って、それはいいけど! なんで周瑜しゅうゆ連れてくんだよ」

「周瑜はよい近習だからな。

 気は利くし戦術のことも分かる。書物も読める。

 碁の相手も出来るし、美しい楽も奏でられる。旅の供なら周公瑾しゅうこうきんよ」


 ついこの前同じようなことがあって、孫策と微妙になったので、周瑜はどうしたらいいのか……、という顔をしていた。

 今回は、数日の旅だ。

 江東こうとうの豪族に会いに行くのである。


「お前はどうもこの間、自分が置いてけぼりを食ったことが気に食わなかったらしいが、よいか策。そんなことで周瑜に当たり散らすような肝の小さいことをするんじゃないぞ。

 お前は孫文台そんぶんだいの息子なのだからな。はっはっは!」


「……クソ親父~~~~~っ」


伯符はくふ、ごめん……」

 周瑜が自分の馬を引いて来た。

 気まずそうだ。


「べつに……お前が謝ることじゃ、全然ないけどよ……」


 それでもぶー、と孫策は膨れる。


 そっぽを向いた孫策に周瑜は向こうで、護衛と話している孫堅を振り返った。

 それから何かを考えてから、自分の腰についていた剣を外して、孫策の腰につけ始めた。


「ん? なにしてんだよ周瑜……」


 周瑜は孫策の腰に剣を付けてやると、彼の頭を撫でた。


「君が行って来い、伯符。私がずっと孫権殿の側にいて、看病をしておいてやる。

 荷はもう積んである。私の衣だが、君にも十分使えるから大丈夫だ」


「別に、そんなことしてくれなくたって留守番くらい……」


「それが平気な顔か?」


 うっ、と鼻先に覗き込まれて孫策はたじろいだ。


「でも……周家の手伝いとかあるんだろ、お前も」


「平気だ。お隣だからね。どちらも疎かにはしない。

 この前は君が留守番をしてくれた。だから今度は私の番だ。

 そういう風にすれば、どっちも悔しくなくなるだろ」


「でも……いいのか? 周瑜、親父と出かけるの好きだろ」


「うん。楽しいからな。孫堅様は私の知らない色んなことを聞かせて下さるから。

 でも、君と孫堅様も一日一日が大切だ。

 君にも色んな話をたくさん聞いて欲しい。

 旅というのは、その間に色んな話が出来るからね」


「周瑜……」


 周瑜が頷く。


「その代わり帰って来たらどんなことがあったか、どんな人と会ったか、君が私にちゃんと話してくれないと駄目だ。約束だぞ」


「……うん。分かった!」


 孫策が駆けて行く。


「なんだ。お前が来るのか?」


 孫堅がおかしそうに笑って孫策を見下ろしている。


「そうだ!」


 孫策はぞんざいに返事して、馬に飛び乗った。


「やれやれ……お前は周瑜より手がかかる」


「掛かんねえよ! 

 おれは、ちゃんと色々なことを見て、それを周瑜に帰ったら教えてやんの!

 ちゃんと全部見てっからな親父。美人がいたからって鼻の下伸ばしてデレデレすんなよ! 全部そういうのも報告するからな!」


 護衛達が笑っている。


「周瑜、権を頼む」


 馬上から孫策が声を掛けると、周瑜は明るい表情で頷いた。


「すまんな、周瑜。ドラ息子が世話を掛ける」

「そのドラ息子って権のことだよな?」

「お前だ、ドラ息子」

「わっ!」

 勝手に孫堅が孫策の馬の腹を蹴って、馬が走り出す。


「勝手に蹴るなよ!」


「はっはっは!」


 馬上での父子の遣り取りに、周瑜は吹き出してしまった。




「策よ」


「なんだよ」




 ようやく馬を落ち着けて、父親に並走する。



「よい友人を持ったな」


「…………おう。」



 ぶっきらぼうに孫策は返した。


「周瑜は得難い友人だ。決してお前が裏切って、逃すようなことをするんじゃないぞ」


「うるせえ親父! 大体、この前のことだって、親父が、」



 孫策はハッとした。



「なんだ。なにか文句があるのか?」


 孫策は気づいたのだ。



『親父が勝手に周瑜を連れて行くからだろ!』



 口をついて出掛かった言葉。

 それに込めようとした、自分の本音。


 何が一体、そんなにも嫌だったのか。


(そうか、おれ……)


 確かに孫策は父親を武将として尊敬しているので、旅に伴ってもらうことは、とても嬉しかった。周瑜が父親と共に行ったと聞けば、確かに少しは羨ましいとは思う。 

 だが孫策は元々あまり下の弟妹ほど、父にも母にも、終始一緒にいたいという願望は持ってない方だ。


 一人で遠駆けしたりするのも好きで、父親と母親と共にいると、当然だが孫家の長男、としての姿を求められるから、むしろ終始一緒にいたいなどとは、孫策は絶対に思わないのである。


 あの時、腹が立ったのは、それより前に一週間ほど留守だった周瑜の帰りを待っていて、ようやく会えると思っていたのに、帰って来たら父親が周瑜を連れて行ったと聞いて、がっかりした。

 しかも二週間の船旅だ。

 

 周瑜と二週間の船旅など、考えただけでワクワクする。


 同じ船の上で、話したり修錬したり、星を見上げたり。


 周瑜と一緒にいて、飽きるという感覚を、孫策は一度として覚えたことが無い。


 きっと父親もそうなのだろうと思った。


 きっと父も、周瑜といて、楽しいだろう。



 それを、羨ましく孫策は思ったのだ。



 きっと周瑜と一緒にいて楽しくて、彼のことが好きになるだろう。

 そうすれば、きっと父親はこれからも、周瑜を供に連れ出したりするようになる。

 自分よりも周瑜を呼ぶようになったら――自分が周瑜と過ごせる時間が少なくなってしまうではないか。


 だから今までも何となく、自分がいる時はいいけれど、周瑜の優れた部分を父親にあまり見せたくないなどと、自分は思っていたように思う。

 周瑜が優れていることは、自分だけが知ってればいいと。


 

 ――まるで独占欲のように。



 周瑜に父が取られるのが嫌だったんじゃない。

 父に周瑜を取られるのが嫌だったのだ。


 

「お……。なんだなんだ?」



 突如吹き出して笑い始めた息子に、孫堅はさすがに怪訝な顔をする。


「なんだ。突然爆笑し始めて。悪いものでも食ったのか? それなら今からでも遅くはない。周瑜と交代しろ、策」


 孫策は、ふん、と傍らの父を不敵に見遣ってから、強く馬に合図を送り、駆け出して行った。


「そうは行くかよ、親父!」


 草原を駆けながら振り返ると、降りて来た丘の上に佇む周瑜の緋色の深衣姿がまだ見えた。


 孫策は大きく手を振る。


 周瑜も元気よく手を振ってくれているのが見えた。




 でも今は、全然嫌じゃない。



(あいつはすごい奴だ!)



 周瑜の凄さを、父親にだって知ってほしいと素直に思える。





『相手の喜びが、自分の喜びのようになる。

 心が近づき、

 自分自身に近い存在になっていると思えるからだ』





 確かに、近頃そんな風に思うことがある。


 ……周瑜も、同じように思ってくれているだろうか?


 戻ったらそのことを周瑜と話してみたいと、孫策は思った。








【終】





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