ある演劇部員の話
音羽真遊
ある演劇部員の話
「ウノ、上がりっ」
「早いよっ」
放課後になると、部員が出揃うまでゲーム大会が開催される。行われるのは主にウノかトランプだ。
「しょうがない。はい、これ百円。私ミルクティね」
「私はオレンジジュース」
「え、オレ、勝ったよね?」
ウノに参加していたメンバー、今回は三人だが、各々財布からお金を取り出し、勝った男子部員に手渡す。
「うん。だから、ジュースを買いに行く権利をあげようと」
「いやいや」
「あ、ミルクティーは紙コップのやつね」
「いやいや」
「しょうがない。お姉さんがこの袋を貸してあげよう」
一人の女子部員がスーパーの袋を差し出す。
「いやいや。こぼれるよ」
そう言いつつ、男子部員は部室を後にする。四階分の階段を降り、中庭にある自動販売機までお出かけである。
「いやはや。彼は素直でよい子ですなぁ」
「なぁ」
あたかも男子部員が年下のような口ぶりだが、ここにいるのは全員同級生だ。
新入部員の入らないまま、先輩方も引退した六月。現在この高校の演劇部に所属しているのは二年生が五人だけとなった。
その中の黒一点の彼がしばしばお使いに出されるのも無理からぬことだろう。
「あ、自販機に着いたみたい」
「あー、先にカップの買っちゃってどうするの」
演劇部の部室からは、中庭がよく見える。部室と言っても、校舎の一番上、階段の踊り場に作られた物置をそれらしくしただけである。広さは四畳にも満たないだろう。その中に机やら棚やらを置いているのだ。実質使えるのは二畳ほどである。引退した三年生は十人近くいたため、全員が集まるとまさにすし詰め状態だった。五人になった今でも十分狭いが。
「課外授業組が来たら、発声練習始めますか」
「そうだね」
もちろん部室で練習などできるはずはなく、練習場所は校舎の屋上だ。部室の向かい側に屋上へと出る戸があり、ちょうど部室を挟むようにして左右に広がっている。
「脚本、本当に私が書いていいのかなぁ」
「そのために演劇部に入ったんでしょうが」「そうなんだけど、責任重大だよ」
私は二年生になって、この友人に誘われて演劇部に入った。役者としてではなく、脚本を書くために。
元々物語を作るのが好きで、文芸部に入ってはいた。その後、文芸部員の単数は演劇部員だと聞きはしていたが、なんとなく踏ん切りがつかず、そのまま演劇部には入らずにいた。最終的に成り行きで入部することになったのだが、入って本当によかったと思う。私の居場所はここだったんだ、とさえ思えるほどだ。
そして私は、この演劇部最大にして唯一のイベント、大会出場のための脚本を書くことになっているのだ。
「どんなお話がいいかな」
「現代劇だよね。お金ないし」
学校から支給される部費は年間七千五百円。それでどう劇を作れというのか。一人分の衣装代にもならないだろう。なにより、既製の脚本で劇をするには高校生の発表だろうと著作権料が発生するらしい。詳しいことは先生任せなのでよくわからないが、高校演劇にオリジナルが多い理由の一つではあるのだろう。
「自分も出ることを考えるとねぇ」
結局、人数が足りず舞台に立つことになったのだけれど、練習をしていくうちにその楽しさも知ってしまった。もう後戻りはできない。
「役者三人で四十五分以上一時間以内の劇か」「台詞多いねぇ」
「ダンスでも入れる?」
「ミュージカル?」
「いやいや。それはちょっと無理だわ。いろんな意味で」
そんな与太話をしていたら、お待ちかねのジュースが届いた。
「どんな劇がしたい?」
ジュースを受け取りながら問いかける。
「うーん。任せるよ」
「すんごいラブロマンス?」
「このメンツで?」
みんなしていやいやと頭を振る。
「やっぱり学園ものかな」
「そうなるよねぇ」
「大会が八月だから、六月中には脚本できてないとでしょ? うーん」
アイデアがないわけではないけれど、小説と脚本は違うわけで。なかなか難しいものがある。
「もうすぐ先生も来るでしょ。課外終わるし」
「そうだね。相談するよ」
顧問の先生も授業や何やらで忙しく、顔を出さない日も少なくない。それでいいのだろうかと思うこともあるけれど、放任主義なんだろうと思うことにしている。
「屋上の鍵開けておこうか」
「先に出とく?」
日によっては引退した先輩たちもやってきて、練習に参加することもあるが、今日は誰も来なさそうだ。
屋上からはグラウンドが見えるため、運動部の観察には事欠かない。スポーツに興味がないためあまり楽しくはないが。
「チャイム鳴った」
「もうすぐ来るね」
「幽霊が出てくる話でもいい?」
「え、それってどんなの?」
結局、この年の大会も地区予選で敗退した。
ただ、脚本を褒めてもらえたので、それだけでも私は嬉しかった。その後、同じ地区予選で戦った学校が全国大会まで出場したと聞いた。なぜだか私たちまで誇らしかったことを覚えている。
翌年は顧問の先生が一年生と二年生を数人ずつ引き連れて来た。少し人数を増やした劇を作ることができた。結局予選で敗退したのだが、数日後予想外の知らせが舞い込んできた。私たちの地区の出場枠が増えたため、おまけで県大会に出場できることになったのだ。嬉しい、よりもびっくりの方が先立った。
県大会で敗退することになったが、本当に貴重な体験だった。
卒業後も時々は顔を出していたのだが、徐々にその頻度も減っていった。今ではもう、演劇部があるのかさえわからない。それでも確かにあのとき演劇部はそこにあって、私は部員だった。
青春のアルバムがあるとすれば、八割くらいは演劇部で埋まっているだろう。恋愛編を拾い損ねたのは心残りだが。
それでも私は今でも思う。部室にいるときが一番楽しかった、と。
ある演劇部員の話 音羽真遊 @mayu-otowa
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