第2話:治安管理局・月影
「エミリアさん、まずは月影施設内を案内いたします。局長オフィスへはその後で向かいましょう。」アヴェラはヒールをコツコツと鳴らしながらフロアを横切っていく。
人事セクションフロアから廊下に出ると、業務中なのか局員と思しき男女が複数行き交っており、紺地に紫を差し色とした制服のほかに、オレンジや緑の差し色が入った制服の人もいる。
その中には時々白衣の人もいた。休憩ブースを通り過ぎるとき、何人かの局員たちがドリンクを飲みながら談笑している姿がエミリアの目に入る。
「はぁ、また戦術セクションからの書類だよ。」
「いつも同じ名前だよな。確か……シュナイダー、だっけ?」
「去年入った暴れ馬でしょ?連合軍部でも手に余る逸材だとかで、局長が直々に面倒見てる。」特定の人物に関して嘲笑ともとれる噂話をしているのは、紺地に紫、人事セクションの局員たちだ。
「ほんとに勘弁してほしいよなぁ。ただでさえ戦術セクションは学のない奴が多いってのに。」
「あそこだけなんか浮いてんだよなぁ。」
「でも、局長含め、顔がいい人多いよね。」
「どこがいいんだよ……。あの局長補佐のタグ付きなんか、常に人を殺しそうな目つきしてるし。」
「しっ。」
好き勝手に言い合っていた局員たちが、アヴェラの姿を確認すると一斉に口を閉ざしてしまった。
「はぁ、まったく。物好きだこと。」噂話をしていた局員をアヴェラが一瞥すると、彼らは蜘蛛の子を蹴散らすように立ち去ってしまった。
「エミリアさん。」
「……っはい!」急に立ち止まり振り返ったアヴェラに驚いて、エミリアはやや上擦ったような返事を発した。
「あ、……あの!守秘義務については十分理解しておりますので……!」
「……。」しどろもどろになりながら弁解するエミリアの咄嗟の言葉を聞くも、アヴェラはにこやかに笑みを貼り付けたまま立っている。
「……あの。」エミリアは気まずさを覚えて口を閉ざした。
「エミリアさん、まずはこちら、ITセクションのご紹介をいたします。」アヴェラは何事もなかったかのように、目の前にあるセクションフロアを指し示し、説明を開始した。
「月影の組織は局長レオン・クラッドを中心として、6つのセクションによって成り立つ組織となっております。先ほどの人事セクションも当然そのうちの一つです。」とアヴェラは言った。
人事セクションは大体の場合、通常の企業でいうところの総務部と人事部を合わせたような役割をしているのだとアヴェラは続けた。月影全体の経費集計や備品・場所の管理、人事の異動や追加に伴う手続きなどを行なっており、エミリアのような外部からの客人を一番初めに迎えるような場所でもあった。
「現在、IT、情報、医療、科学、戦術、人事の6つのセクションが常時稼働しております。各セクションには私を含め、セクション長と呼ばれるリーダーがおり、それぞれ固有のセクションカラーを持っています。私の受け持つ人事セクションのセクションカラーは紫です。」アヴェラは、自分が人事セクションのセクション長だと改めてエミリアに説明をした。
「各セクション長は担当のセクションフロアにおいて最高の権限を持ち、局長はさらにその全てを束ねる権限を持っています。」
アヴェラとエミリアはエレベータで20階ある月影ビルの各階を移動しながらフロアを回る。途中、廊下にある大きな窓から街の風景が確認できた。
朝エミリアが到着した時は、濃く白い霧が街を覆い隠し、どことなく肌寒い空気に満ちていたものの、今は随分とマシになっている。
しかし眼下に広がる円形の街は、霧に覆われていないはずなのにどこか灰色がかってさびれて見えた。エミリアはそれを、暗く重たい雲がのしかかっているせいだろうと考えた。
「エミリアさん、ここが最後のフロア、戦術セクションフロアです。」エミリアはアヴェラの声で我に帰る。
「戦術セクションは、現状の月影およびLost Cityにおいて、最も重要なセクションと言っても過言ではありません。街の治安維持に直結する業務を行うセクションだからであり、局長レオン・クラッド自身が受け持っているセクションだからです。」先ほどまでの笑みとは違い、やや物々しい雰囲気を持ってアヴェラは言った。
「局長が、セクション長も兼任されているのですか?」エミリアはおずおずと疑問を口にした。
「……はい。それは、全セクションの中で最も月影の理念に貢献したセクションの長を、局長として選任するという代々の習わしに則ったからです。つまり、現局長はもともと戦術セクションのセクション長でした。むしろ兼任しているのは、局長の方かもしれませんね。」アヴェラは少し力の入ったような口調でエミリアの質問に答えた。
「……月影の理念、とは?」
「Lost Cityの治安管理です。」アヴェラはそれ以上の説明はしなかった。
戦術セクションのフロアには、圧倒的に男局員の姿が多く見受けられ、他のセクションフロアにはなかった屋内射撃場や格闘室など、戦闘訓練用の設備も複数置かれている。戦術セクションは2階層にわたる広域なフロアとなっているが、これは医療・ITも同様だった。しかしなんだか肌を刺すような緊張感が場を支配しているようで、明らかに他のセクションとは空気感が違うとエミリアは思った。
「今日の教官、アイン・ザードだろ?あの人くそ厳しいから嫌なんだよな。」
「あぁ、なんつーか容赦ないよな、あの人。」
「すでにA班の訓練が終わったっぽいんだけど、みんなわかりやすくヘロヘロでさ。」
「そりゃそうだ。だってあのシュナイダーの双子を手懐けてんだから。」
「タグ付きのくせに。」
フロアを歩くと、他のセクションほどではないものの、そこかしこからぼそぼそと話し声が聞こえてくる。聞こうとしているわけではないものの、先ほども聞いた名前が聞こえてきたために、エミリアはつい耳をそばだててしまっていた。
「さて、一通り回り終えましたので、局長オフィスへと向かいましょう。……大丈夫だとは思いますが、くれぐれも粗相のないようにお願いします。」アヴェラは微笑みを張り付けたままで、強く念を押すかのようにエミリアに伝えた。
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