第1章:Set Fire to the City
第1話:新米教師エミリア・バートン
「おはようございます。エミリア・バートンです!」
Lost City、ルミナスイーストに位置する治安管理局『月影』14階、事務セクションの窓口で、エミリアはいつも通りの明るい声で挨拶をした。
清潔感のある、管理の行き届いたようなフロアの正面。窓口にいるのは紺色に紫の差し色が入ったスーツ姿の女である。このセクションのフロアにいる局員は女も男もみな同じようなスーツに身を包んでいるため、これがこのセクションの共通ユニフォームであることが伺える。
安物ではあるものの奮発したグレーのスーツを着たエミリアは、第1印象をよくするために軽く姿勢を正して返答を待った。
事務セクションの局員たちが、みなシワひとつないパリッとした着こなしをしているのを見て、見劣りがしないようにとせめてもの配慮をしたつもりではある。
「エミリア・バートンさんですね。予約表を確認いたしますので少々お待ちください。」受付嬢はにこやかに微笑みながら、デスク上のコンピュータで手際よく確認をしている。
「……予約の受付を確認しました。ご案内いたしますので少々お待ちください。」穏やかな声音だが、一瞬だけ受付嬢の顔が険しくなったような気がした。
受付嬢は席を立つと、すぐ後ろで談笑していた男の局員へと声をかけ、そのまま何事かを話し始めた。男の局員はエミリアを見るとなんとも言えない表情を浮かべる。どうしたのだろうと思う間もなく、男の局員はエミリアの元へと歩み寄り、こちらへどうぞと案内をした。
「初めまして、バートンさん。私はセクション長のアヴェラ・ロッセです。」
男局員に案内されて行った先はオフィスの奥、透明な間仕切りのされた個室のような空間で、入り口のプレートにはリーダーズルームと書いてある場所だった。部屋の中には他とは違う大きなデスクや個別の棚、モニターなどが置いてあり、事務セクションのリーダー用に特別に用意されているものだということが伺える。
さらに部屋の主と思われる女は華やかなブロンドのカーリーヘアに、階級章のついた白い制服を着て、隙のない立ち姿をしていた。
「局長のレオン・クラッドから各種の手続きと、面会の手配を引き受けています。本日はよろしくお願いします。」エミリアよりいくつかは年上だろうアヴェラは、エミリアが気後れするほどの気品と美しさを兼ね備えた立ち居振る舞いをしていた。
「初めまして、エミリア・バートンです。Liberty Moon連合からの推薦で来ました。本日はよろしくお願いいたします。」劣等感を悟られないよう、気丈に振る舞いながら握手を交わす。
「ありがとうございます。ではそちらの椅子におかけください。」それでも、一瞬合ったアヴェラの視線がどうにも自分を値踏みしている気がしてならないとエミリアは思った。
「……まずは、IDの登録を。Lost Cityでは市民を含め、我々局員にも管理用IDが支給されております。」アヴェラが澱みなく話を進める。
「……ID、ですか?」そんな話は聞いたことがない、とエミリアが思った。
「……えぇ、外部の人にとってはパスポートみたいなものですよ。これがあれば月影の提供する大体のサポートが受けられます。滞在中に怪我や病気をしないとは限りませんし、医療セクションへのアクセスも、このIDで行うことができます。」淡々とした口調でアヴェラが言った。
「なるほど、分かりました。……それで、どうすれば?」
「はい。こちらの機械に手のひらを置いてください。その後で目から虹彩のデータを取ります。」
「生体認証?結構しっかりしてるんですね。」エミリアはあまりの厳重さに、思わず苦笑いをした。
しかしアヴェラは笑ったまま、圧を放つような視線でエミリアを制した。きっとこれ以上聞いてはいけないと思い、エミリアも押し黙らざるを得なかった。彼ら彼女らにとって、自分はただの部外者なのだと思い知る。
「セキュリティが厳しくないと、後で色々と厄介なんです。……すぐ終わりますから。その後手首の内側を出してください。」多少見るに見かねてか、アヴェラが追加の説明を挟む。
エミリアが言う通りにすると、アヴェラはデータを登録しているのか、デスク上のコンピュータにキーボードで何かを打ち込む。その後エミリアの手首に小型の機械を押し付け、別の機械にIDをかざした。
「少しチクっとしますよ。」ピピピピっという音の後に、バツンと手首に衝撃が走った。
「……っ!」痛いと言うほどではないものの、思わず驚いて体が反応してしまう。
「はい、おしまいです。」アヴェラが機械を手首から退けたのを確認して手首を見ると、何かバーコードのような模様が印字されているのに気づいた。
「あの、これは……。」
「識別コードです。月影の局員も全員持っているものですから、あまり気にしないでください。街ではあまり使用しないとは思いますが、月影内部ではIDカードを出さなくても、識別コードだけで敷地内のセキュリティを超えられるようになっています。」
「はぁ……、ご説明ありがとうございます。」見たことのないシステムに、半ば引き気味になってしまったエミリアだったが、これはむしろ、この街が思っていたよりも発展している可能性もあるのではないかと思い直す。
「これで手続きは完了です。IDカードをどうぞ。」アヴェラが手渡したカードをエミリアが受け取った。
カードを観察してみると、それは一般的なセキュリティ認証カードとあまり変わらないように見受けられる。白地に黄色のラインが入ったカードには事前に提出したエミリアの顔写真、名前、所属、そしてRank.EXとの記載がある。
「詳しい説明は省きますが、カードにはそれぞれ等級がありまして、あなたのそれは外部来客用の認証カードです。月影施設を利用する分には、ご不便はないと思われます。」アヴェラは淡々と説明を続けた。
「それでは、局長への面会の前に施設の案内を致します。着いてきてください。」アヴェラは終始にこやかに言葉を紡ぐ。
しかし、深い説明を求めた時のアヴェラの視線や、笑みを崩さないながらも興味深そうにこちらを伺う局員の視線が、エミリアの心を少しずつ曇らせていく。
「さぁこちらです。行きましょう。」
「はい!」
そうは言っても連合からのお達しなのだからと己の心を奮い立たせて、エミリアはアヴェラの後へと続くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます