クダ

化野生姜

水の流れる音がした

 ―― これは【クダ】だ。


「確かに、そう聞いたと?」


 松崎まつざきはヘラリと笑う。


 …この手のことに詳しい人間。


 そうなると。

 松崎以外に思い至らなかった。


「【クダ】と名のつく怪異かいいは二種類」


 い草の匂いが強い。

 和室の六畳。


 壁に積まれた古書。


 その中の一冊に。

 松崎は手を伸ばす。


「【クダギツネ】と【くだん】」


 開いた一冊には。

 つつから出る、細長いキツネの図。


「まずは【クダギツネ】から」


 細長い体で。

 管の中に入れ置けるキツネ。


 家人かじんにしか見えず。

 予言や占いができる。


 いると家が栄える。

 娘には大量のキツネの子孫がついていく。


「占いというか。見世物にもされるが…」


 スマホをタップし。

 こちらに見せる松崎。


「正体はコレだ」


 画面に表示されたのは一匹のオコジョ。


「可愛いだろう?」


 スライドすると。

 パイプ菅の中でくつろぐ様子も見える。


「現実は、こんなものさ」


 面白くもないといった顔で。

 別の本を手にする松崎。


「…で、こちらは【くだん】」


 開けた本には。

 人の顔をした牛。


「家畜から生まれ、予言をして命が尽きる」


 江戸の頃には。

 この手の絵が流行ったらしい。


疫病逃えきびょうのがれとか、運気上昇とか」


 所詮しょせん流行はやものだと。

 松崎は言う。


「さらに詳しく話せば。候補も絞り込めるが…」


 古書を閉じる松崎。


「そも、どこで聞いた?」


 近づく松崎。


「いつ。どのような場面で聞いた?」


(…水音が)


 言いかけて、気づく。


 【クダ】だ。

 【クダ】に、なりかけだ。


 視点が二つ。


 複数の大人を見上げる自分。

 背後から彼らを見る自分。


 見上げるときには子供で。

 背後はいごから見るときには現在いま


 筒状つつじょうに空いた目と口。

 水を垂れ流す大人たち。


 どこか覚えがある顔。


 …【水】が抜ける。

 【身体】から抜けていく。


 かすかにれる声。

 聞こえる水音。


 先ほどまで川で遊んでいたのに。

 今や、仰向けに浮いた自分。


 その目や口も。

 筒のように空いており…


 【クダ】だ。

 【クダ】に、なりかけだ。


 …あの日もそうだった。


 夏の暑い日。

 大雨の翌日。


 大人たちの背後から。

 鉄砲水が押し寄せ…


「顔色、悪いな」


 コップの水を持ち。

 こちらを覗き込む松崎。


「かつての死者でも見たか?」


 …そう。

 あの日に見た親戚。


 彼らは全員。

 水による事故で亡くなっていた。

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クダ 化野生姜 @kano-syouga

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