第6話:街の汚れは、根本から洗浄いたしますわ

 依頼の品である月見草を手に、わたくしは意気揚々と冒険者ギルドへと戻った。土壌をお掃除したおかげで、薬草はどれも青々としており、素人目にも品質が良いことが分かる。これなら、依頼主も喜んでくれるに違いない。


「依頼の達成報告にまいりましたわ」


 カウンターで受付嬢のリリアさんに依頼書と薬草袋を差し出すと、彼女は一瞬、息を呑んだようにわたくしを見つめ、それから深々と頭を下げた。


「シ、シーナ様……! お疲れ様でございました……! その……現場は、いかがでしたでしょうか?」


 やけに歯切れの悪い、探るような口ぶり。きっと、あの土地の劣悪な環境について、ギルドも把握しているのだろう。


「ええ、それはもう、ひどいものでしたわ。土がすっかり汚れてしまっていて。まるで、土地そのものが悲鳴を上げているようでしたもの」


 わたくしがそう言うと、リリアさんの顔がサッと青ざめた。


「ひ、悲鳴……!?」


「ええ。ですから、わたくしの手で、少しだけお掃除させていただきましたの。原因となっていた邪魔な雑草を駆除して、土壌もピカピカにしておきましたから、これであの土地も少しは息を吹き返すはずですわ」


 『邪魔な雑草(麻薬の原料)を駆除』、『土壌(アジト)をピカピカに』。

 わたくしの言葉は、リリアさんの耳にはとんでもない隠語に聞こえていたらしい。彼女はゴクリと唾を飲み込むと、震える手で報酬の袋をカウンターに置いた。


「は、はい……! 素晴らしいお働き、感謝いたします……! こちら、依頼の報酬と、ギルドからの特別報酬でございます!」


「まあ、特別報酬まで? ありがとうございます」


 ずしりと重い革袋を受け取り、中身を確認したわたくしは、思わず目を見開いた。


(さ、さんまん!? ご、ごまん!? 合わせて八万ソル(800枚の鉄貨相当)ですって!? 何かの間違いではございませんこと!? 一泊7000ソルの宿に、十泊以上もできてしまいますわ!)


 あまりの金額に言葉を失っていると、リリアさんは「シーナ様のご活躍に見合う、当然の報酬でございます」と、力強く頷いた。


(いえ、でも……考えてみれば、あの荒れ果てた土地を再生させたのですもの。土壌改良は、やり方によっては国家事業にもなるほどの重要案件ですわ。そう考えれば、これくらいの価値はあるのかもしれませんわね! ギルドの方は、わたくしの本当の価値を理解してくださっているようですわ!)


 わたくしはすっかり気を良くして、ギルドを後にした。これで当面の生活には困らない。次は、まともな装備を揃えたい。あのダガー一本では、少々心許ない。できれば、リーチの長い槍のような武器が欲しいところだ。長い柄のモップのように扱えば、きっとわたくしの『お掃除』スキルとも相性が良いはず。



 リンドブルムで一番品揃えが良いと評判の武具屋を目指し、わたくしは裏路地を抜けて近道をしようとした。その時だった。

 前と後ろから、柄の悪い男たちが現れ、わたくしの行く手を塞いだ。その数、五人。皆、腰に剣を下げ、敵意を剥き出しにした目でこちらを睨んでいる。


「よう、嬢ちゃん。てめえが『掃除屋』のシーナか?」


 リーダー格らしき、顔に傷のある男が、唾を吐き捨てながら言った。


「まあ、わたくしのお掃除の腕も、ずいぶん有名になったものですわね」


 わたくしがにこやかに応じると、男たちは顔を見合わせた。


「……はっ、ふざけたアマだ。俺たちのシマを荒らしたんだ。ただで済むと思ってんじゃねえぞ」


「シマ……?」


(縞? ああ、ボーダー柄のことですのね。確かに、わたくしのお洋服は無地ですけれど……それが何か?)


「ええ、存じておりますわ。縞模様は、お洗濯すると色落ちや色移りしやすいですから、扱いが大変ですものね」


「あぁ!?」


 わたくしの見当違いな返答に、男たちは完全にキレたようだった。


「てめえ、なめてんのか! その綺麗な肌も、泣きっ面で汚してやるぜ!」


 一人の男が、いやらしい笑みを浮かべてわたくしの胸元に視線を這わせる。その瞬間、わたくしの中の何かが、カチン、と音を立てた。


(……不潔ですわ)


「わたくしに触れるなど、一万年早いですわよ。その前に、ご自身の不潔さをどうにか なさいませ」


「このアマが!」


 激昂した男たちが、一斉に剣を抜いて襲いかかってきた。

 わたくしは冷静にダガーを構える。その時、不思議な現象が起きた。

 向かってくる男たちの体のあちこちに、まるで墨を垂らしたような、黒い『汚点』が見えるのだ。喉、心臓、手首の関節、膝の裏、鎧の隙間――。


(まあ、あんなところが汚れておりますわ。見過ごせませんわね)


 わたくしの体は、またしても勝手に、最適なお掃除の手順を組み立て始めた。

 まず、正面から来た男の足元に「お掃除(クリーン)!」。見事に体勢を崩した男の首筋に見える『汚点』に、ダガーの柄の先端を正確に叩き込む。男は白目を剥いて崩れ落ちた。

 すぐさま体を回転させ、背後から迫る剣をいなす。そのまま流れるような動きで、二人目の男の脇腹の『汚点』、鎧の繋ぎ目を蹴り上げる。


「ぐはっ!?」


 戦闘は、もはやお掃除作業だった。汚れている箇所を、綺麗にしていく。ただ、それだけ。

 油汚れとお水は、普通は混ざり合いません。でも、洗剤の力を借りれば、仲直りして汚れが落ちるものです。今のわたくしは、まさにそんな感じかもしれない。敵の攻撃(油)と、わたくしの反撃(水)を、スキルが仲立ちして、効率的に無力化(洗浄)していく。


 あっという間に、残りはリーダー格の男一人になった。


「ひ、ひいぃ……! ば、化け物……!」


 男は恐怖に顔を引きつらせ、剣をがむしゃらに振り回す。わたくしはそれを冷静に見極め、男の股間に、一際大きく、どす黒い『汚点』が浮かんでいるのを確認した。


(まあ、なんて下品な汚れ……。このようなものは、根本から断ち切らなければなりませんわね)


 わたくしは男の振り下ろした剣を紙一重でかわすと、その懐に潜り込み、遠慮なく『汚点』めがけて膝蹴りを叩き込んだ。


「ごふぅっ!!」


 カエルが潰れたような悲鳴を上げ、男は泡を吹いて気絶した。



「まったく、街の美観を損なう方たちですこと。ゴミは、ちゃんと分別してゴミ箱に捨てないと、リサイクルできませんのに」


 わたくしは伸びたチンピラたちを見下ろし、ぽつりと呟いた。

 その様子を、近くの建物の屋根から、諜報員のクロウが息を殺して見ていた。


(……リサイクル、できない……だと?)


 クロウの背筋を、冷たい汗が伝う。


(『ゴミはゴミ箱(牢獄)へ』、そして『リサイクルできない』……つまり、再起不能にする、ということか! マーチャント商会の連中を、社会的に、物理的に、完全に抹殺するという宣言だ! なんという冷徹な女だ、『掃除屋』シーナ……!)


 クロウは、これからこの街で繰り広げられるであろう、血で血を洗う粛清劇を想像し、戦慄した。


 一方、当のわたくしはといえば、

(ああ、早く武具屋さんに行きませんと。安くて丈夫な、お掃除……いえ、戦闘にぴったりの、素敵な槍は見つかりますかしら?)

 などと、呑気なことを考えながら、倒れた男たちを跨いで歩き出したのだった。

 その頃、マーチャント商会の支部では、ボルコフが、送り込んだ手勢が五分と経たずに全滅させられたという報告を受け、怒りのあまりお気に入りの机を叩き割っていた。


「あの小娘……! ただの腕利きじゃねえ! 何としてでも引きずり出し、俺の手で八つ裂きにしてくれる!」


 わたくしの知らないところで、事態はますます、とんでもない方向へと転がり始めていた。

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