第8話 本当の彼

 私が早川さんに連れて行かれたのは、ラーメン屋だった。

 特に会話もなくラーメンを食べ、出てきた。

 どうして私を連れて来たんだろう。


 そして私たちは会社に向かって歩いている。


「俺が彼女と話しているの聞いていたんだろ?」


 私は頷いた。


「はい、資料室から出たら偶然聞こえてしまいました。」


 胸がずきっと疼いた。

 原因は私ではなくても、私は早川さんに三回接触した。

 私が原因と思われてもおかしくない。


「申し訳ありませんでした」


 私は立ち止まってしまった。


「別に君のせいじゃない。君が関わってなくても、いずれはこうなっていたのかもしれない」


 例えそうだとしても、何もなかったかのようにはできない。

 契約期間が満了したら、更新はしない。

 私が逆に苦しめているなんて。

 何のためにあんな仕事を……。


 私は足早にオフィスに戻った。


 三か月……これ以上あの人に関わらないようにしよう。

 ただ同じ部署で働くよその会社の社員。

 それだけだ。


 ***


 仕事が終わった後、私はすぐに会社を出てエレベーターを降りた。

 エントランスを通り過ぎようとした時、エレベーターの方をじっと見つめる女の人がいた。

 女子アナのような雰囲気の美人な女性。


 その時その人と目が合った。

 びっくりして逸らして立ち去ろうとした時、


「蒼真!」


 突然その人が叫んだ。

 その方向を見ると、早川さんがエレベーターの前にいた。


「蒼真!別れたくない!考え直して!」


 この声は……。

 事務所で聞いた彼女の声。

 早川さんは動揺している、周囲の人たちが二人を見ている。


「別の場所で話そう」


 早川さんは彼女を連れてビルを出ていった。

 嫌な汗が体をつたった。

 その時、スマホに電話がかかってきた。


 事務所からだった。


「はい……」

「あの依頼人が、恋人と接触した人間を教えろと事務所に連絡してくる」


 ゾッとして足が震えた。

 怖い……。


「さっき、依頼人と思われる人がオフィスビルに現れて、凄い取り乱していて、早川蒼真とどこかに行きました……」

「お前、本当に危険だから、今すぐその仕事辞めた方がいい。辞めた人間だとこちらは言い通しているが、上の人間がもしかしたら言う可能性もある」


 こんな仕事をしていれば、こういうことはよくある。

 ただ、私には起こりえないと思っていた。

 ずっと救う側だったのに、最後の最後で興味本位で足を踏み入れるんじゃなかった。

 もう普通の人間としての生活はできないのかもしれない。


「春日さん?」


 後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには沢村さんが立っていた。


「顔が真っ青だけど……どうしたの?」


 沢村さんの心配する顔を見たら、目から勝手に涙が溢れてきてしまった。


 驚いた沢村さんに、そのまま私は連れていかれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋に堕ちる 七転び八起き @7korobi_8oki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ