国王陛下(殺してどうする)
[シン]
シンは改めて窓を見た。
「どうして攻めてこないんだろ?」
「攻めてきてるじゃない。壁の向こうなんて、敵だらけだとか。わからないわ」
「異世界から蛮族を連れてきているとか聞いたけど」
ミアがテーブルの上や床に落ちたゴミくずを片付け終えた。
「郊外で聞いた。殺すことだけを目的にしている野蛮な連中がいる。そんな奴らなら街になだれ込んでるんじゃないかな。でも静かだよ」
「噂なんて信じられないわ。しかもどこの誰かもわからない人のものはね。塔の街にはいたんでしょ?」
「バケモノは見てない。いたのは信じるべきかどうかわからない」
実際、見たのはモッシくらいだけれど、彼はあれでも紳士ぽい。白亜の塔の傀儡もバケモノと言えばバケモノか。トールキンの『指輪物語』にオークなんてものは、この世界で会ったこともない。
「わたしは塔の街でもいろんな種族を見たけど、いい人もいれば悪い人もいたわ。習慣も違うしね」
「確かに……」
ミアは臭い湿布の補充、苦くて臭い飲み薬の数を数えて、苦い液薬のポットの残量を覗いて確かめた。
「僕が世話になったのは髭を三つ編みにした人と頭の尖ってた人だ。バケモノでもないしな」
「何してた人?」
「墓守」
「交友関係、幅広いわね。レイからは女王様とか聞いた。治癒の術どこで学んだの?学校じゃないわよね」
「白亜の塔だね」
「え?入れたの?だから女王様とも話せたんだ?驚いたわ」
ミアは演技のような大げさな様子ではなく、心底驚いていた。
「剣もそこで学んだ。女王様とも話したけどね。ちなみにあの剣が国王と女王様の化身だよ」
「弟が教会から持ってきた……」
「そう」
「そんなものを……」
「封印がしてあるとはいえ、あなたの弟は凄いことを成し遂げた」
動きを止めたミアは、じっとシンを見つめた。シンは慰めにはならないなとうつむいた。
「ごめん」
「あなたのせいじゃない。戦が悪いのよ」
「どうして戦を?」
「王国は腐敗してる。共和国は各地の王国を滅ぼしてると聞いた」
ミアは、ベッドの上でうつ伏せになったままのレイに薄手の掛け布団をかけてやった。シンが考えている間、レイも何か考えている。
「あなたたち似た者同士ね」
「どうして?」
「わかるのよ」
扉が激しくノックされて、返答をする間もない早さで開いた。セゴが入ってきて、殿下がお呼びですとシンに告げた。
ミアは、まだ回復の途中なので、しばらく待ってほしいと答えた。
セゴは今すぐにと背を向けた。
「失礼な奴ね」
万が一のためにミア殿もと付け加えてきた。万が一とは、シンが途中で倒れた場合のことだろうか。
レイも騒ぎに起きた。セゴは表情を緩めたが、レイはセゴに一瞥しただけで、シンに「大丈夫?」とベッドの脇から覗き込んだ。
「こんな夜に呼びつけるなんて何を考えてるのかしら」
「シン、動けるの?」
「動けるには動けるけどね」
シンは燭台で照らされた廊下をサンダルでペタンペタンと歩いた。セゴは歩くのが速い。レイはときどきシンの腕を支えた。そんなにフラついているのかと尋ねたほどだ。
「こんな格好でいいのかな」
「夜に呼び出しておいてうるさく言うんなら片付けてやるわ」
「暴れないでくれよ」
レイは本当に大丈夫なのと念を押して聞いた。寝ぼけ眼のレイの方が怪しいと笑ってみせると、レイもいくらか落ち着いた。
「レイに無理矢理飲まされた薬が効いているみたい。体が軽い。胃がムカムカするけどね」
「ならいいけど」
「このリングもそうだ。僕自身が呪具に操られないで済んでいる」
「違うと思うな。わたしにそんな気持ちないもん。ネックレスがシンを選んだようなもんだし」
見知らぬ間に通された。豪華な間ではあるが、ノイタ王子の陰鬱な表情が細工までもくすませていた。
「具合はいかがですか」
「いいわけないじゃない」
ミアはノイタ王子にもズケズケと答えた。この人は怖いもの知らずなのか、よほど仲が良いのか。
「申し訳ない。ああ。その格好はまずいですね。誰か着るものを持ってきてくれ」
レイの頭の線がプチッと鳴る。
シンはカーテンの奥へと連れて行かれて、セゴと同じ制服のようなものに着替えさせられた。
「お待たせしました」
「これから陛下にお会いしていただきますので」
「え!」
シンは驚いた。
「儀礼とか知りませんが」
「簡易的ですので気になさらないでください。レイ殿も」
「覚悟してろ」
「いやいや」
ノイタ王子は心配そうにシンを見守るミアに耳打ちをした。するとミアの表情が一気に曇った。
「だから治療に……」
「わかりました。でももしこの二人に万が一のときは……」
「そちらに連れて行く」
ミアはノイタ王子とシンとレイに会釈をして場を離れた。後ろ姿が慌ただしい。
「何か起きたのですか?」
「今現在、共和国と和睦交渉もしているんだが、芳しくないんだ」
「ミア……」
「今は言えないんだ」
シンたちは王子に従って大きな間に案内された。外がよく見える回廊を抜けて、少し奥まった大広間に複数人がいた。冷える中、しばらく待たされた後、ノイタ王子、知らない若者、カザミ姫が現れ、白い髭の男が玉座に腰を掛けた。
「ルテイム王である」
誰かが声を張った。
王はどこまでシンたちのことを見透かしているのかわからない。
儀礼を司る者が案内した。
「こちらへ」
シンは数歩前へ歩み出た。どこからか小声でマネをしてくださいと言うので、同じように片膝をついた。
節々が痛い。
レイもムスッとしているところからすると、なぜ見ず知らずの奴にこんなことしなきゃならないんだという気持ちなんだろうな。
「シン殿、前へ!」
「レイ殿、前へ!」
儀礼の者が示した。
「この度はルテイム王より聖剣を預けるものとする」
「はい?」
シンが首を傾げた。
レイはもう少し露骨だ。なぜ剣なんて預からなければならない。剣なんぞくれてやるという勢いだ。
従者の二人が、抜き身の女王の剣をうやうやしく運んできた。もう一人は国ノ王の剣を持っていた。
儀礼の者が授かった。
シンが気になるのは隣にいるレイの殺気だ。このまま見ないようにしていたが、受け取る気なのか?という声まで聞こえてきた。
「しようがないだろ」
「ぶち殺す」
「レイ、殺気漏れてるぞ」
「うるさい」
もう一つ懸念がある。
「レイ、この前からじいさんとばあさんおとなしいと思わないか」
『話を逸らさないで。約束したよね?』
シンとレイをじっと見つめていた国王は右手を差し出した。どうやらこんな形式があるらしい。
「存分に働くがよい」
国王の言葉が放たれた。
レイがかすかに動いた。しなったイバラの鞭が結界に守られていた王の首を結界と玉座の飾りごと刎ねた。シンは何を見せられているんだと思いながら、女王の剣と国ノ王の剣を奪った。
「使わないと約束した!」
「したよ。したけど、国王の首を刎ねてどうするんだよ」
別室で待機していた兵士がなだれ込んできた。槍衾が僕とレイの周りを囲んだ。レイを止めるどころではなく、シンは女王の剣と国ノ王の剣で兵士たちを薙ぎ倒した。殺さずに打ちのめすこともできるようになっていたのは、新たな発見だ。
「だから使うなと言った!」
「緊急だ。加減はした」
「約束したぞ!」
すかさず剣を抜いたノイタ王子が前に出てきた。結局、こんなことになるじゃないか。
「こんなことをしてくれるとは」
「僕も同じ気持ちです」
「シン、おまえは使えば命が削られる剣を使うのか?」
「王子たちが、僕たちを城から逃がしてくれるなら別ですが」
「できない」
シンはレイにどこか壊して逃げ道を作ろうと耳打ちした。
「断る。シン、奴ら皆殺しだ」
まったく連携がとれてない。
「兵士は殺すな!」
ノイタが飛び込んできた。シンはひとまず腰に国ノ王の剣を差し込んで、女王の剣で受け止めた。ノイタの剣も聖剣と言われるものだそうだが、ビシビシと波動が押し寄せてくる。鍔迫り合いかシンは腰に力を入れた。古キズが軋んだ。女王の剣は縦横無尽に暴れてくれた。
そういうことか。
城の結界が明滅した。
なんてことはない。一人で戦おうとするからムリが生じるんだ。
ばあさん、あんたの力の源はこの世界そのものだ。ようやく気づいた。僕は根になればいいんだ。
何とか防御していたノイタを蹴り退けた。まさかのカザミ姫も来たので、左手で国ノ王の剣を抜いた。
「カザミ、やめろ!」
ノイタ王子は叫んだ。
シンは襲いかかろうとするレイの無数の鞭を断ち斬って叫んだ。国ノ王の剣はカザミの剣を半ばで融かすように斬り捨てた。
カザミは斬られた剣を持ったまま腰を抜かしたように倒れた。そこに光の蛇がカザミを拘束した。
「レイ、やめろ」
シンはレイの鞭を斬り裂いた。
ノイタ王子はカザミ姫守るように後ろへと退いた。
突如、結界が破られた。
シンは突っ込んできた鳥獣を女王の剣で斬り捨てた。同時にレイの眩しい鞭が鳥獣の羽を焼いた。
「何!何で飛び込んでくる!」
「結界が消えたんじゃないの?」
レイは不機嫌に答えた。
「結界がポンコツなのよ」
「違うよ。この剣が結界の力を奪ったんだ。ポンコツではない」
「そうですよ」
ノイタが興奮を抑えて答えた。
「あなたが剣を使うときに結界に使われる力も吸い上げたんです」
どういうことだと尋ねた。
「わざわざこんな夜に来ていただいたのは、敵の襲撃の可能性が低いと見越してのことです」
再び怪鳥が来たが、戻った結界によって防がれた。が、ふざけるなとレイが結界ごと撃ち抜いた。
光球が向かってくると、イバラと蛇の鞭が団体が絡めて潰した。
三撃目は結界が防いだ。
シンは女王の剣ごと破壊した。
「皆、退くように」
槍を折られた兵士が戸惑いつつ王子を見た。構わない。国王陛下は死んではいない。同じ顔をした男が脇から現れて、玉座に腰を掛けた。
「なるほどな。これほどの剣を寄越してきたとは教会もなかなかだ」
穏やかに話した。
「特に三つ眼族よ、そなたの気持ちが荒れていることは理解できる。私を偽者だと見抜いたか。すまぬがしばらく鎮めてくれ。頼む」
頭も下げていないし、頼む態度でもないが、もちろんレイも気を鎮めることなどない。今でも殺してやるという目つきをしていた。
「具体的な話はノイタからされると思う。その前に三つ眼族よ、姫に施したカザミの呪縛を解いてやってくれ。これでも女の子なんでな」
シンが囁くと、カザミに余計なことをしたら殺すぞと呟いた。
「するかっ」
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