シン、治療室へ(おまえもな)
[レイ]
レイは剣を没収した。いつもの旅のときと同じく、背中に女王の剣を担いでいた。シンが持っていた国ノ王の剣は腰から吊るしていた。
城内なのに完全武装だな。
「使いこなせただろ?」
「嘘つき」
シンたちは階下の兵士が集まる屯場に案内された。もっとも怪我をしやすいのが兵士だから、前を通らなければ治療部へ行けない構造だ。
開放されている屯場には、男所帯独特の汗臭さが充満していた。そこには白いハンカチを腕に巻いた白帯隊と呼ばれる剣士たちがいた。
セゴがレイに気づいた。
「先輩が死にました。レイさんも会ったことがある人です」
今のレイにはだから何だと言いそうな気配があるが、死んだのが食堂で話しかけてきて、あの歩廊で特別にハンカチをくれた人だとわかったときに、さすがに驚いていた。
「なぜ死んだの?」
「命で敵陣へ和睦の交渉に行っていたそうです。極秘でした」
「話し合いで殺されたの?」
「我々も正式に聞いたわけではないんですが。他の二人は片方の足を斬られていました」
話していると、奥の間からミアと術を使い果たしてぐったりとした二人の術使いが出てきた。
「ミア、足を斬られたの?」
「術使いがくっつけようとしてくれたんだけど、今のところどうなるかわからないわ。どうしてここに?」
「シンを診てほしい」
ミアはシンの首を診た。
ミアはただならぬレイの気配にシンが何か起こしたなと察して、治療部でも兵士などが入ることができない特別室へと案内してくれた。
「腰の古キズも」
レイが付け加えた。
「レイ、よく覚えてるな」
「当然よ」
「あなたたち陛下にお会いしたんじゃないの?途中、怪我人が運ばれてきたから離れたんだけど」
「そだよ」
レイがシンを溜息で見た。
片足を斬られたのは、殺された兵士を運ばせるために返されただけのことらしい。膝から下を斬られた男が別々の部屋に寝かされていた。
「精神的に参ってる。あれだけの訓練を受けてる剣士がね」
ミアは包帯を外した。特に首には変化はないらしい。レイはベッドに寝かせたシンのシャツをめくり上げた。奴隷のときに得た鞭のキズと白亜の塔に刺された腰のキズがある。
「ひどいわね」
「治る?」
「すぐにはムリだけど。この背中の無数のキズは何なの?」
「シンは奴隷……」
レイは言葉を詰まらせた。こんなことは今までなかった。どんな理不尽なんなことでも抵抗はできた。シンのことを話そうとすると涙がこみ上げてくる。
「このキズはもうこのままね。腰のところはマシになるかも」
「お願いします」
レイは涙を隠すように、診療室から見える寝室を覗いた。丁度、足を切られた兵士が、数人がかりでベッドに移されようとしていた。
「袋に自分の足を入れられてたから付けてみたのよ。術使いは自信はないと話してた」
「くっつくの?」とレイ。
「運がよければね」
ミアはシンの腰のキズに包帯を巻きなおしながら答えた。膿んでいるらしく、鈎のようなもので膿をえぐり出したので、シンはうめいた。
「平気?」
レイはミアを見つめた。
「何とかなるかな。これまでレイが治療してきたの?」
「手かざしとお湯で。他にどうしていいかわからないし」
「よくできてる。三つ眼族は治癒の力もあるのかしら?」
「わかんないけど」
「攻撃力しかないと思うぞ」
「ごめんね」
レイが額を寄せた。
「本当にごめんなさい」
「冗談だよ」
シンはうつ伏せになったままボソッと答えた。レイは本来ならポカッとやるところだが、シンの背を見ていると、済まなさで一杯になる。
「僕たちは試されたんだ。ノイタ王子が剣のことと僕らのことを国王に伝えたんだろう」
「奴は国王陛下でもない。術でそう見えていただけよ。頭に来る。わたしの眼はごまかせないんだから」
レイは、国王が剣の凄さを見たいので、シンを試すようなことをしたのだ。自分たちで扱えないものだからシンを道具にしようとしている。
「なるほどね。大丈夫よ、レイ」
ミアはレイを抱き締めた。わずかにレイの緊張が解けた。抱き締め返して、腕に力を込めた。これはシンを守れない悔しさのやり場だ。
「でも僕に使えただろ?」
「しばらく禁止」
レイは国王を斬り捨てた後、シンの力が底知れぬところから湧いている気がして、彼の体が軋むような音を聞いていた。こうしてミアに治療されるシンを見ていても怖い。
死なないよね?
「敵に話し合いも拒否されたんならどうしようもなくないですか?」
シンが診察台に上体を起こしてミアに話した。レイは彼の筋肉で重くなった体を支えるようにした。
「ありがとう」
「王国も追い詰められたわね。こんな状況でできることなんてない」
「だからわたしたちの力を試そうとしたのよ。またムカついてきた」
ミアは吹き出した。レイはどこまでもシンが心配でしようがないのねと笑いをこらえながら話した。
「王国は終わるかもしれない。これからは新しい形の国ができる。こういう話は前々から聞いてるの」
「ミアはどうするの?」とレイ。
「わたしたちは国が滅んでも生きていくしかないでしょう?別に国王に忠誠心なんてないし」
「そんなこと話していいの?」
「聞かれるとダメね」
ミアは他に誰もいないか探るような仕草をしてみせた。
レイはここに暮らしている人々は国王に忠誠を誓っているものと思っていた。特に城の中にいる人々は、チウキタの親のように国王のためになるなら喜んで命を捧げるのだと。しかし考えてみれば、暮らしが豊かになるなら、上は誰でもいいのかもしれない。
「ちなみに実際にあなたたちは国王に何したの?」
ミアが尋ねた。
「国王の首を刎ねた」
「目茶苦茶するわね」
「もともと偽者なんだし。わたしは気づいていたけど、シンは?」
「あ、え?き、気づいて……」
レイは片頬に笑みを浮かべた。シンの方が悪どい。国王であろうとなかろうと剣を抜いたのだから。
「でも王様は結界に守られてるって聞いたけど?」
「レイが結界ごと刎ねましてね」
「シンを試そうとした報いよ」
セゴが診療室に来た。ノイタ王子が二人に来てほしいとのことだ。
レイは広い部屋にいた。調度類はあるものの豪華ではない。戻ってくださいと言われても戻れる自信はないくらいだ。ここで放り出されば絶対に迷子になる自信がある。
扉にはセゴがいた。
レイは促されて、シンと隣り合わせの背もたれの高い椅子に腰を掛けていた。ノイタはリラックスして足を組んでいたし、シンは首も背も包帯で、レイは今も剣を携えていた。
「剣くらい置いたらいいのに」
「持ってる。シンが勝手に使うといけない」
「使えたのに。コツを掴めた気がするんだけどな」
「使えるとか使えないの問題じゃないのよ。使えば命を削られる」
レイは一本調子で答えた。
「だから削られないコツをつかんだ気がするんだ。心配してくれるのはありがたいけどさ」
また……もしコツがコツじゃなかったらどうする気?
「キズが癒えるまで許さない。だいたいからコロブツでも、シンはキズを隠して剣を使った」
「それは謝るよ。心配させたくなかったんだ。ほら。動けたし」
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