護送
[シン]
シンは退かした丸太を伝い、何とか地上へと出た。地上では市民が遠巻きに見ていて、近くでは制服姿の憲兵が取り巻いていた。シンが必死で支えていた丸太は、西の敵陣地から飛んできた矢だった。ちょうど中央広場と城の間の市街地に突き刺さったものが、地下道が崩れたときに傾いて倒れたということだ。
「よくこんなもん飛ばせたよな」
「こんなところまで邪気が来ていたとはね。これが戦ということ?」
「だろうね。僕も初めてだからわからない。巻き込まれたくないな」
「わたしたちどうなるの?」
「どうにかなるんじゃない?」
シンは答えた。こちらの世界に来てから、何とかなるし、何とかしてきたしという考えに満たされた。
シンとレイは呪術で封印された手鎖をされていた。呪術を使えなくするためのものらしい。レイの場合はわからないなと思った。シンは聖女教会から来たと話したが、憲兵にうそをつくなと言われた。
リュックを調べればわかると食い下がると、調べられた。もちろんますます怪しいと疑われた。もはや何を言ったとしても信じてくれていないことは理解できた。
「何でだよ。聖女教会由来のものもたくさんあるだろうが」
「盗んできたけどね」
レイが呟いた。
こんなものは旅風情が持つものではないだの、野次馬からは胡散臭いだの汚いだのと声が飛んだ。
「娘さんは放してやれ!」
「我々はお嬢さんを守る準備ができています」
若い憲兵の一人が話した。
彫金が施された望遠鏡を手にした憲兵に「おまえはこんなものをどこで盗んだ」と厳しい調子で尋ねられた。確かに盗んだ。しかし教会から盗んだものではない。ウラカの持ち物だ。ウラカもどうしてこんなもん持ってるかは知らない。
「これじゃさらし者だよ。しかも戦がはじまるというのに、街の連中も呑気なもんだね」
シンはレイに呟いた。
「教えてあげたら?」
「どう教えるんだよ。昨夜の焼き討ちも見て、この矢も見て、空も見てるんだぞ。それでこの調子だ」
「必死さが足らない。叫ぶとか」
「おまえたちも殺されるぞ!」
シンは叫んだ。
「憲兵の前で根も葉もないうそを流すとは、貴様ら許さんぞ!」
「根も葉もない?こんな矢が飛んできてるのに?空飛んでた三匹の怪鳥も見ただろ!」
皆の反応が驚くほど薄い。とんでもないくらい楽天的なバイアスがかかっているのではないのか。もうすでに敵軍は何ともならないところまで迫っているというのに。
「西の教会も潰されたんだぞ!」
「今、修理している」
憲兵の一人が素っ気なく答えた。
「こんなところで僕たちを見ている暇があれば、今すぐ土塁の外を見に行ってこい。昨夜も焼き討ちに遭って死んでるんだ。もうすぐまともに生活できなくなるんだぞ」
これは訴えても意味ない。
「聞いてください!これからお城へ行かなければならないんです!」
レイは体をくねらせて、手鎖でつながれた手で、革帯から白石のメダルを取り出した。
「これが証拠です。お城の剣士のセゴ様に会わなければいけません」
シンは忘れていた。しかしうまく考えたなと思った。憲兵たちがメダルを覗き込むようにして見ている間、レイはシンに耳打ちした。
「何とかなるかな」
「他に方法はない。どこまで効果あるかわかんないな」
「鎖外して逃げる?」
「外せるのかよ。逃げるにしても無関係な人巻き込むしな」
「わたしは気にしないけど?」
逃げるのも手段だが、街を逃げたところで、そもそも封鎖されているのだから、どうにもならない。
「これは王宮の剣士が持つものだな。どこにでもあるものではない」
「白隊の剣士様から、困ったことがあれば城へ来いと渡されたのよ」
憲兵たちは相談していた。
シンは城には行きたくないし、こんなところで騒ぎを起こしたくもない。封鎖された街を戦火の下、逃げたくもない。しかしそれと同じくらい、牢に入れられたまま戦に巻き込まれるのも嫌だ。戦になれば、たぶんこの街は潰されて、身動き取れないまま下敷きになる。異世界で牢に閉じ込められたまま、戦の巻き添えで死にました。情けない。
ひょっとしてここで死ねば異世界へ行けるかもしれない。しかしさすがにそれではリスクが高すぎる。牢に入れられるかすら怪しい。まさかこの場で斬り捨てられる可能性もなきにしもあらずか。これ見よがしの剣がガチャガチャうるさい。
口髭の責任者が現れた。
「なぜ城へ?」
レイに尋ねた。
「へ?」とレイ。
「僕たちは術使いなんです。戦のために呼ばれたんです」
「そ、そうなんです」
レイは何も考えてない。ただ勢いでまくし立てたにすぎない。そもそも城が術使いを募集しているのかすらわからない。
「街の外で襲われて、命からがら朝から地下道を来た。もう街には敵のスパイがいる。信じろ」
シンは髭面を睨んだ。
「術使いならば、なおさらここでは鎖は外せんな。こんなところで呪術を使われては面倒になる」
シンたちはそのまま城まで連れて行かれた。敵のスパイが潜入している件は、憲兵レベルでも信じていないように思えた。護送車の中、シンは溜息を吐いた。
「シン、スパイはいるよね」
「現に地下にいた」
「地下は城へ続くのかな」
「わからないけど……」
「しかし映画みたいに典型的なバカな警察はいないということだよ」
「えいが?」
シンは映画というものを話して聞かせた。特別な機械で撮影した動く絵を壁などに映すということだ。
「動く絵なんておもしろい?」
「レイはウラカが教会で話してたこと覚えてる?ヒルダルのお姫様の話だよ」
「あ、途中までしか聞いてない。楽しみにしてたのに」
「想像しただろ?あれに絵と音がついてるみたいなもんだよ」
「シンは観たことあるの?」
「前の世界で一度くらいかな」
「シンの世界でもなかなか見られないの?」
「どうかな。僕は特別だ。捨てられたからね。僕の歳なら、他のみんなはもっと観てるんじゃないかな」
「そか。わたしも観たいな」
「うん。もしわたしがシンの世界に行けば見られる?」
「もちろんだよ。もしそのときは連れて行ってあげるよ」
「約束したよ?」
「約束だ」
蹄鉄の音が変化し、護送車の車輪の揺れも均一になった。これは石畳に差し掛かっている証拠だ。
何やら話し声が聞こえた後、重い扉が開く音がして、再び護送車が動き出した。門の下をくぐっているらしく、音が跳ね返っていた。それにしても長い門だった。またしばらく地道が続いていたが、今度は踏み固められているように感じた。
護送車が停まった。
羽目板の錠と扉が外された。レイは降りるようにと手を取られてステップを踏んで降りたが、シンは引きずられるようにして降ろされた。
「どこにお城があるの?」
レイはシンに尋ねた。
「上を見ろ」
レイは顔を上げた。
「もっと」
「マジか」
「てっぺんが見えん」
断崖絶壁が現れた。断崖の上に反り上がるような城壁が見えた。歩廊でつながれたタレットと呼ばれる櫓が建ち、鉛ような空を支えているように思えた。胸壁の間には鮮やかな黄色の制服の歩哨の姿がある。
シンは護送車を見送った。遥か向こうに外歩廊が巡らされていて、シンたちがくぐった門は、歩廊の下にあった。こちら側にも胸壁狭間と呼ばれる、敵への攻撃のための隙間が施されていた。引き込んだ敵への応戦の場だ。しかしここまで押し込まれれば覚悟するしかないだろう。
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