ウラカの愚痴

[ウラカ]

 レイが去った後、シンは素っ気なく魚のフライを口に放り込んだ。ウラカは、さっきの失言を怒っているなと思った。冷えた魚をワインで流し込んでウラカの方すら見ない。


「ようやく沸いたんだな。しかし金持ちなのに専用のないのか」

「金持ちでもないわよ、教会も」


 シンは何も考えていない様子でゴブレットを飲み干した。それでも機嫌が悪いことくらいはわかる。


「それよそれ。さっきからわたしへの態度が厳しくない?」


 たしかに口を滑らせたことは謝るべきことだが、責めるくらいはしてくれてもいいのではと話した。


「聞こえてなかったんだろうからいいんじゃないのか?」

「でもあなたは気にしてる」

「レイの気持ち次第だよ。また捨てるようなことになれば」


 ウラカは突っ伏した。シンはウラカを信じてないわけじゃないんだと答えた。また捨てるようなことにでもなれば、レイはキズつく。


「わかってるわよ。もうね、ビンタされた後に抱き締められる気持ちがわかる?」


 目を潤ませた。レイのことになると、厳しい表情になる。守ってやろうとしてるのはわかる。ただ目の前にいるわたしも見てと言いたい。


「ずっと君を信じてるんだ。レイはウラカのことが好きなんだよ」

「あなたは?」

「もちろん信じてる」

「信じてる……か」

「変装なんてしてたから嫌われてたんだよ。初めて会ったときから気にしてたみたいだ」

「ん?何を気にしてたの?」


 ウラカはその時のことを思い出そうとして、すぐに思い出した。


「前に浮気でもした?」

「しとらん」

「でもさ、あのときレイはわたしのこの顔に気づいてて……」

「とにかく僕たちはコロブツで教会の好きなように使われたんだ」


 だからウラカはお詫び兼ねて旅行の案内もしていると言った。普通に暮らしていて、こんな旅行はできないだろうと押しつけた。


「さっきの話だけど。浮気とかしたから疑われてるんじゃない?」

「しつこいな」


 シンが席を立とうとした。

 怪しい。


「ごめんごめん。わたしは昔のことなんて気にしないわ。あなたがどういうことしてきたとしても」

「何の話だよ。僕は教会は白亜の塔みたいな邪教が潰されて喜んでくてるのかと思ってた」

「でも公に拍手で迎える訳にはいかないのよ。ちなみに評議会は喜んでると同時に恐れてるわ」


 ウラカはシンがこの世の世界のものではないと思うから教えた。


「白亜の塔には、教会騎士団もボロボロにやられたそうなのよ。桁違いの術でやられたみたいね。だからそれを潰したあなたたちは……」

「皆までいらないよ。白亜の塔が強かったのは昔のことだろう?時代は進んでる。ところでタペストリーは評議会の案件?」

「話が早い。あなたは賢いわ。評議会案件になる。あれも修復されるのかどうか。六枚のままにするか一枚に仕立てるか。揉めるわよ」


 ウラカは続けた。


「揉めるのが仕事だから。揉めなければ仕事してる気になれない。特に評議会はね。七人がまともに全会一致なわけないわ」

「ひねくれてるのは君だろ?」

「そうかもね。今回の件わたしがいちばん近くで見てたわ。報告したとき『よくやった』と言われて頭に来た。何も知らないくせに偉そうにとね。できればあなたの苦しみも悲しみも癒してあげたいわよ」


 シンは「どうもありがとう」と素早く答えると、すぐに「教会に入るやいなや、いきなり剣を突きつけてくるのか?」と尋ねた。


「表向きのことね。とりあえずはコロブツを解決した礼賛者という立場で迎え入れられるわ」

「らいさんしゃ?」


 聖女教会の信者に礼賛者という序列があるらしい。もしシンが教会の学校の卒業生なら、救済者くらいになるということだ。それと特殊な剣を持ってきた者は、代参者と呼ばれるらしい。もし教会で学んでいて特別な剣を扱えれることにでもなれば教会騎士になれるということだ。


「いらないなあ。君は誰?」

「わたしはウラカよ。愛と正義に身を捧げた女。待って。冗談くらい聞いてよ。立たないで。表向きは教戒者。信者に教える立場ね。他は救済師、調伏師、精霊師という資格も持ってる。今回では中級救済師に格上げされるかもね」

「まさか集めてるのか」

「どうしてよ。好きで集めたわけじゃないわよ。集まるのよ。こういうことやってると、どんどんいらないものが集まるの。で、結局はわたし一人に押し付けられる」

「悪循環だね。アラは?」

「彼は探索師ね。あなたみたいな人を見つけるのが仕事よ。他には今回のような古い案件なんてのも。とっくに辞めちゃったけどね。理由は本人に聞いてよ。まぁ彼からすれば教会がつまらないからなのよ。揉めるの嫌いだもの」


 しかしシンはアラにしてやられたと答えた。特に恨んであおるわけでもないが、一言くらい言いたい。


「ごめん。わたしがアラに泣きついたからよ。たぶんあなたたちなら解決はできるけど、うまく扱おうとするのはお勧めできないとね」

「レイはどうなるんだ?」

「魔族認定ね。教会で学べるかどうか。今は術も扱えてない。湖の岸のすべてを焼け野原にしたわ」

「戦闘の末だよ。そもそもそっちから仕掛けてきた。実際はイモジがやってたとしても、教会の名には変わらない。近くの村人も教会の騎士だと認めていた。報告した?」

「もちろんよ。だからわたしは推薦したの。あなたは救済師の資格は得られるとは思う」

「いらない」

「レイも推薦はしてある。学ぶんなら許可されると思うわ」

「やけに条件が簡単だね。どうしても教会の枠に収めたいのか」


 ウラカは飲みかけのゴブレットに向かって溜息を吐いた。 


「ひねくれてるわね」

「この世界に来てひねくれた」

「どうだか」

「剣をお祓いしてくれるんだな?」

「ええ」


 聖剣に収まる二振りなら、初めから苦労はしない。せいぜい本部で何とかしてもらいたいもんだ。


「僕とレイは国王と女王に世界を救うように頼まれた。これから歪みが生じるから何とかしてくれと」

「え?んなこと聞いてないわ」

「だから今、話した」

「そんなものをお祓いするとか、ましてや売ろうとかしてたの?」

「なぜ僕たちが世界なんて救わないといけないんだよ」

「ま、そうだけど……」

「だろ?」

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