11
翌日。午後3時におれはシャツにスラックスという姿で新宿駅南口に向かった。
陽射しは定規をあてたようにまっすぐにまちを突き刺し、空気は白人男性のヒップラインのように澱んでいた。
早咲が登録した人材派遣の会社は都内のあちこちに事務所がある。新宿事務所は甲州街道沿い、場外馬券売り場のすぐ前のビルに入っていた。
3階にある事務所を目指す。ドアを開けた。
「ちょっと、ノックしないとダメだよ。なにやってんだよ」
ドレッドヘアにいきなり怒られてしまった。だが、ネクタイを締めたおれを見ると、そいつは即座に「すいません」と謝りだした。会社員風の人間に弱いのかもしれない。
派遣会社の事務所に詰めているのは、「内勤」と呼ばれるバイト上がりの社員だと聞いたことがある。8割が男で、ほぼ全員が茶髪ピアスだった。女も似たり寄ったりだ。
やたら大きな声で電話に出ている男は、電話の第一声が「あのさー」だった。「明日、出てくれないかなぁ」と昼のタモリみたいな呼びかけをしている。しまいには「たのむよぉ」と欽ちゃんみたいにお願いし、都合がつかないとわかるや「ありがとうございましたー」とやけくそ気味に語尾を上げて電話を切った。こんな奴に仕事を回されたくはない。
おれは一番ノリが良さそうな男に声をかけた。金髪のツンツン頭だ。
「忙しいところ、申し訳ないんだけど、ちょっと聞きたいことがあってさ」
おれはブリーフケースから手帳を取り出した。表紙には「西部警察」と印字されている。驚安の殿堂で以前買ったものだ。
金髪はやや緊張していた。
よく見ると、額にニキビがある。まだ10代なのかもしれない。
おれは葛西にある物流会社の名前を出した。
「ちょっと前までそこで働いていた早咲って奴を知らないか?」
ツンツン頭はデスク上のマウスをカチカチカチカチ、鳴らし始めた。キーボードの扱い方にまだ慣れていないようだ。
「はい、うちのスタッフですね。一昨日まで入っていました」
男のテンションがどんどん上がっていく。事務仕事に退屈していたのだろう。
「あいつ、なんかトラブっていなかったか?」
「あ、これ事情聴取ですか?」
「ばーろー」普段は絶対そんな口調で話さない。演じているだけだ。「さっさとしろ」
ツンツン頭は盗撮の計画でも打ち明けるように、声をひそませた。
「彼は一緒に入っていた女の子を、出会い系サイトのサクラに誘っていたんですよ。たまたまその日は、その子のカレシもシフトに入っていたから、喧嘩になったみたいで……」
2時間ほど前に東中野のコンビニで聞いた話と、ほぼ同じ筋立てだった。
思い出さざるをえなかった。例の宗教で女の子を風俗に斡旋したのは、安心感を与えるのが抜群にうまい男だった――ということを。
早咲は誰の心にも居場所を作ってしまう。
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