第六章 変

第29話 遺言


 聡太は完全に開き直っていた。

 というより、自分は当然のことをしたまでで、玲奈が不機嫌である理由がわからないという感じだった。


「俺が玲奈と出会ったのは、必然だった。ただそれだけのことだよ」

「そういうことじゃない。私を騙したのかって聞いてるの。信者だったの? 私が、教祖の娘だって……最初から知っていたのかって聞いているのよ」

「騙したなんて、人聞きが悪いなぁ。俺はただ、祖母ちゃんの最期の願いを叶えただけだよ。信者だったわけじゃない」

「願い……?」


 聡太は大きくあくびをしながら、テレビ台の下にある引き出しから一通の白い封筒を取り出して、玲奈に渡した。

 封筒の表には『片山聡太様へ』と達筆な文字で書かれていたが、それだけで住所もなければ切手も貼られていない。

 裏面には、『片山静より』と、こちらも名前だけ。


「祖母ちゃんから俺宛ての遺言。葬儀の時、美恵さんが持ってきた」


 お義母さんではなく、美恵さんと呼んだことに引っかかったが、よく考えれば聡太と玲奈は二十歳も離れている。

 美恵と聡太の方が年齢が近い。

 以前から知り合いであったなら、そちらの方が言い慣れているのだろうと、そこはぐっと抑える。


「日廻りの会については、実里から聞いてるか? 芳叔父さんの元奥さんの綾子さんと祖母ちゃん、それから、従兄の春一も最初は日廻りの会の信者だった」


 日廻りの会が献金の問題で解体されたのは、今から二十五年前の事だ。

 当時、美恵は十七歳だった。

 日廻りの会の会長だった美恵の祖母――玲奈にとっては曾祖母に当たるその人が事件が起きた当時、不慮の事故により意識不明の重体で長期入院していた。

 その間、幹部だった美恵の三番目の父親とその仲間が信者たちを騙して、高額な献金を得ていた事件である。


「高額な献金で騙し取られた信者の多くは新参者で、綾子さんもその一人だった。春一の病気のことがあったから、それが会の為になるならって、自ら差し出していた。でも、祖母ちゃんは違って、本当に熱心にただ信之丞様と美恵さんを信仰していた。父さんや母さんには内緒で、解散する前、俺も春一と何度か集会みたいなのに連れて行かれたことがあったんだ」


 聡太は別に、信者だったわけじゃない。

 今と同じで宗教といわれてもあまりピンと来ていなかったし、静から小遣いが貰えるというのでついて行っただけだった。

 ちょうど受験生だったし、神社に合格祈願に行くようなものだと思っていた。


「初めて美恵さんに会った時、時間が止まったかと思った。それくらい、とても綺麗な人だった。今もあの頃と変わらず綺麗だけどな……」


 その後も何度か集会に行ったのは、美恵の姿を見たかったから。

 話をしたことはなく、次の集会があったら、その時にはおもいきって声をかけようと思っていた。

 しかし、その前に日廻りの会は解散。

 芳夫が離婚したこともあり、片山家では日廻りの会の話はしないことになった。


「俺が次に美恵さんと会ったのは、祖母ちゃんの葬儀の時だ」


 何度か結婚の話が破談になっていた聡太を心配して、静は美恵に相談していたそうだ。

 どこかに、嫁に来てくれる人はいないだろうかと。


「美恵さんが俺に祖母ちゃんからの遺言だって、その封筒を渡して来た。中には祖母ちゃんが俺宛てに書いた手紙と写真が入っていた」


 そう言われて、玲奈は封筒を開いて確認する。

 すると、出てきた写真は高校入学時の玲奈の写真だった。

 入学式と書かれた看板の前で、笑うこともなく無表情。

 廃寺に越して来たばかりで、一番不満が溜まっていた頃の写真である。


「なんで……これが……」

「美恵さんが言っていた。これは、信之丞様が結んだ縁だと。祖母ちゃんは信者の中でも、特に信心深かったから、選ばれたんだって」


 春一の死後、静の孫で男は聡太ただ一人。

 それまで結婚できなかったのは、この為だったのだと知った。


「玲奈と俺が結婚することは、決まっていた。けれど、問題が二つあった」

「……問題?」

「玲奈が信之丞様を信じていないことだ。玲奈は、美恵さんが教祖をしていることを恥ずかしく思っているだろう? 教祖の娘であることを嫌がっていた。信之丞様が結んだ縁だなんて、知ってしまったら、この運命に抗おうとするに決まっている。だから、このことは隠した。俺は信者ではないし、そもそも美恵さんは、俺に信者になれとも言わなかった。何もしなくていいと」


 ただ、玲奈を愛して、夫婦となって、幸せになってくれればそれでいい。

 だから信者になる必要もない。

 信之丞が結んだ縁であることだけを隠しておいて欲しい。

 片山家の人間で、このことを知っているのは聡太だけだ。


 登紀子も実里も、まったく知らない。

 日廻りの会のその後について知っていた芳夫が、玲奈が美恵の娘だと知られる前に、夫婦になる必要があった。

 聡太と玲奈が夫婦になることが、静の遺した最期の願いだったのだ。


「もう一つは、化け物の存在だ」

「ば、化け物……? は? なにそれ」


 急に化け物だなんて、話が飛躍し始めて焦る。


「詳しいことは知らない。でも、その化け物のせいで玲奈の死期が早まってしまう可能性があるって聞いているよ。心当たりはないか?」

「……ない」

「もう一人の

「――え?」

「中学生の頃、君は一度死にかけた。辛すぎて覚えていないかもしれないけれど……君はその子に付き纏われていたそうだね」


 その話に、何の関係があるというのか、玲奈はまったくわからなかった。

 一度忘れて、もう一度忘れた。

 死んだ女の話を、どうして今、聡太の口からされているのか。

 意味が分からない。


「強すぎる執着は人を化け物にするんだとか。そのもう一人のれいなのせいで、君は死にかけた。だから、物理的に距離を取って……その上、信之丞様のお力も借りて、絶対に見つからないように結界を張ったそうだ」

「け……結界!?」


 どんなに探しても、玲奈にたどりつけない。

 そんな結界を貼ったそうだ。


 その結界が一度崩れた。

 玲奈が大学へ進学した際、捨ててしまったからだ。

 持たされていた信之丞の掛け軸や数珠、御札を。


「また化け物に見つかる前に、君を助ける必要があった。一度壊れてしまった結界をもう一度結びなおすには、母親になることが必要だった。そうすれば、君の中の火村の血が、嫌でも目覚めるはずから」

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