第28話 最悪の推理
何がどうなっているのか、玲奈は聡太を問い詰めたかったが、二次会から来た聡太の友人がかなり危ない酒の飲み方をする男だった。
度数の高い酒を浴びるほど飲まされて、結局聡太は酔いつぶれて眠ってしまう。
玲奈は妊婦だから一滴も吞まなかった分、代わりに聡太が飲んだのだ。
会話になんてなるはずもなく、寝ている聡太はそのまま友人たちによってスーツのまま寝室に運ばれ、それまで聞いたことのない大きないびきをかいている。
「まったく、いくらなんでも飲みすぎよ。ごめんねぇ、玲奈ちゃん。あなたも疲れてるでしょう? このまま放っといいから、早く寝ちゃいなさい……って、これじゃぁ眠れないわよね」
片山家に引っ越してきた時、玲奈の部屋にはシングルベッドがあったが、妊娠が発覚して、「夫婦なんだから寝室は同じ方がいい」ということで、たいして使わずにリサイクルショップに売ってしまっていた。
つわりが酷く、落ち着くまで聡太が玲奈の要望にすぐ対応しやすいように、一緒に寝るのが一番ベストだったのだ。
そんな普段使っているキングサイズのベッドの真ん中で、聡太は大の文字になっている。
玲奈が横になれるスペースもないし、こんなに大きないびきをかかれては眠れるはずがない。
「お布団、一階から持ってくるわね」
「すみません、お義母さん。ありがとうございます」
すでに寝ていたはずの義父も動員され、元々シングルベッドがあった場所に一階から運んできた来客用の布団を敷いてもらう。
「ほれ、さっさと横になれ。疲れただろうに……」
「ありがとうございます、お義父さん」
二人が一階に降りていくのを確認してから横になると、玲奈は隣の壁を見つめる。
久しぶりに自分の部屋で一人で夜を過ごすことになったが、隣の部屋から聡太のいびきは聞こえていた。
あかれながら視線を秘密の祭壇があるカラーボックスに移して、玲奈は考える。
聡太に聞きたいことが、山ほどある。
信之丞様が結んだ縁とはどういう意味か。
仮に、実里が言っていたように、聡太が信者だったなら、どうしてそのことを隠していたのか。
片山家に来て九ヶ月経つが、信者であるならあるはずの信之丞の掛け軸を見たことがない。
会話の中にも登場しない。
唯一信者の片鱗があるとすれば、仏壇にある数珠くらい。
片山家は、普通の仏教徒だと思っていた。
祖母の月命日である十四日に、住職が経を上げに来るが、信之丞や美恵とは無関係の見ているこちらが心配になるほどよぼよぼの爺さんだ。
先月聡太の祖父の法事でお寺にも行ったが、法要の後親戚みんなで寿司屋で食事をして帰った。
信之丞を信仰しているのであれば、基本的に生寿司は食べない。
玲奈が実家ではほとんど野菜中心の料理ばかり食べさせられていたが、魚は刺身でなければ食べて良かった。
必ず火を通さなければならないのが決まりだった。
片山家で過ごしていて、食事に対する制限は何もない。
初めて牛タンを食べた時、牛の舌を食べているというのがあまりに衝撃的で、玲奈は「人間ってなんでも食べるんだな……」と実感したくらいである。
「お祖母さんが信者だった……んだっけ――――」
静の遺影なら、仏間の鴨居に並んでいる歴代の片山家当主の一番右端にあるのを確認している。
それが一番画質が綺麗で、ここ数年のものだと見たらすぐにわかるからだ。
玲奈の実家があるあの寺やその前の集会場、優奈と一緒に信者の家に御札を届けに行った時に会ったことがある――とは思えなかった。
もちろん、玲奈は信者全員の顔なんて把握していない。
信者であっても集会に気軽に来られないような、遠い場所に住んでいる可能性はなくはない。
信者の多くが同じ町内、地域の住人ではあるが何らかの事情で地方に移住したり、逆に地方から移住してくることだってあるのだ。
「あ……」
ふと思い立って、玲奈は実里にLINEを送る。
〈お祖母さんが亡くなったのは、いつですか?〉
もう寝ているかもしれないと思ったが、すぐに返事が来た。
〈五年前の八月十四日。祖父の法事の時話したでしょう? 来年は、祖母の七回忌だって〉
それは高校一年の夏。
両親が不在なのをいいことに、御札を持たずに肝試しに行って、高熱を出したあの日である。
あの日、熱心な信者が亡くなった為、美恵は家を空けていた。
それが、ここだとしたら。
片山家の事だったとしたら、聡太は信者ではなかったとしても、美恵に会っていたのではないか――
もし、美恵が玲奈よりずっと以前に、聡太を知っていたのだとしたら……
「まさか……そんな――」
思い返せば、美恵は聡太との結婚をまったく反対しなかった。
その上、普段からは考えられないくらい、歓迎していた。
玲奈が自分で選んだもののはほぼ否定する。
そういう母親だった。
まったく揉めずに、すんなり聡太を認めていたのは、この為だったのかもしれない。
初めから、玲奈は美恵の手のひらの上で、転がされていただけだったのではないか――
そう考えると、すべての辻褄が合う。
「それなら、私は……」
隣の部屋から聞こえるいびきに、玲奈は腹が立った。
聡太に騙されていた。
玲奈に対して、理解ある夫で、理想の夫であるはずのあの男は、本当は母親の差し金だった。
そんな最悪な推理をして、恐怖と怒りの感情が一気に押し寄せる。
けれどその瞬間、初めて胎動を感じ、ハッとする。
「待って。待って。そんなはずない。勝手に悪い方に想像して――違うかもしれないじゃない」
この子の父親が、そんな男だったなんてあってはならない。
自分にそう言い聞かせながらお腹をさする。
明日、聡太の口から直接聞くまで、そんな風に決めつけてはいけないと思いながら、まったく眠れなかった。
気づけばカーテンの隙間から朝日が差し込み、すっかり夜が明けている。
一睡もできぬまま、ただひたすら聡太が起きてくるのを待った。
「――そうだよ」
まさか、その最悪の推理が的中していたことを、あっさり認められるとは思わずに。
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