第五章 お告げ

第23話 同じ


 玲奈は祈った。

 毎日二回。

 最初は不意に誰かに声をかけられ、祭壇が見られるのは恐れて、祭壇の扉は閉めたまま。

 片山家に自分以外誰もいない時は、玄関の鍵を閉めてから、祭壇の扉を開いて。


 数日間は芥子麗奈からの付き纏い行為は続いていたが、やがてパタリと現れなくなった。

 毎日続いていたあの異常な状況から、お盆明けにはすっかり解放されていたのである。


 本当に信之丞への祈りが通じたのかもしれない。

 どこかで、野垂れ死んでいるかもしれないと嬉しくなった。


 上機嫌になった玲奈は、そのお礼にお供え物でも買おうとスーパーにテナントとして入っている菓子店で、羊羹を買って帰宅。

 実家で持たされた羊羹とは違うものだが、「信之丞様は羊羹がお好きなのよ」と優奈がいつか言っていたことを思い出したからだった。

 洋菓子より和菓子の方がいいだろうと思ったし、パッケージが夏仕様で向日葵の絵が描かれていたのが可愛らしくてそれにした。


「――ねぇ、聞いた? この間のマンションでの火事」

「放火らしいわね」


 また典子が来ているようで、登紀子とそんな話を廊下まで聞こえるような大きな声で話している。

 いつもの世間話だろうと、玲奈はあまり気にせずにいつも通り二階に上がろうとしたその時――


「なんでも、犯人は玲奈ちゃんが住んでた女子寮と同じなんじゃないかって話よ」


 その一言で、階段の中段でピタリと止まる。

 そういえば、あの寮の火事は放火ではないかと大学や近所では噂されていて、その犯人が捕まったという話は聞いていないなと、関心を持ったからだ。


「同じって、どういうこと?」

「ほら、実里の同級生で刑事さんになった棚橋たなはし弘人ひろとくんっていたでしょう?」

「ああ、あの小学校の裏の」

「そうそう、その子のお母さんとこの間偶然会ってね、聡太くんがついに結婚するって話をして――その時、相手はどんな人だって話になるじゃない。それで、玲奈ちゃんのことを話したんだけどねぇ」


 典子の話によれば、その棚橋は女子寮の放火と最近起きたマンションの火災の捜査も担当している。


 どちらの火事も、出火の原因は火の不始末や漏電等による火災事故ではなく、人の手による人的なものではないかと警察は見ているのだそうだ。

 キッチンや仏壇がある部屋だとか、火の気のある場所からの出火ではないことから、そう判断されているらしい。

 もう燃えてしまって、何が原因で火が出たのかはわからないが、火の出た部屋の窓の鍵は掛っていなかった。

 誰かがそこから、火のついた紙か何かを投げ込んだのではないか――――ということだ。


「あのマンション、築五年くらいでまだ新しかったけど、住民トラブルっていうの? 最近それが多くて、ほとんど空室だったじゃない? 唯一の入居者の人が被害にあって運ばれたってニュースでやってでしょ?」


 そこは典子の兄が所有している物件の隣にあるファミリー向けのマンションで、片山家からは徒歩五分の場所にあった。


 火災が起きたのは真夜中で、消防車のサイレンの音で目が覚めた玲奈も二階の窓から空がオレンジ色になっているのを見ている。

 典子の兄は隣の自分の物件に火が燃え移ったらどうしようかと不安に思っていたが、被害にあったのはそのマンションだけ。

 火災当時は二階のA室にだけ人がいて、残りの三部屋は空室だった。


「その被害にあったのが若い女の子でね、ファミリー向けのマンションなのに一人で暮らしていたらしいのよ。その子も同じって名前だったらしくて」

「ええ!? 何それ……それじゃぁ、この町で一年の間に二回も放火事件があって、被害にあってる人の名前がレイナちゃんってこと!?」

「しかも、年齢も同じらしいの!」


 登紀子と典子は、被害者に同じレイナがいたという奇妙な一致に、「放火犯はレイナという名前の女に恨みがあるのかも!」などと勝手な妄想で話が盛り上がっているが、玲奈は違う。

 女子寮の方は、被害にあったのは玲奈一人ではないし、名前の一致なんて、ただの偶然。

 問題はそこじゃない。


 思い返せば姿ということだ。

 つまり、その火災の被害にあったレイナは、芥子麗奈ということじゃないか――と、結びつくのは一瞬だった。


「それで、そのマンションの方のレイナさんは、どうなったの? ニュースでは、病院に運ばれたってことしか言ってなかった気がするけど……」

「あー……えーと、それは――」


 死んでいればいい。

 死んでいて欲しい。

 死んでいてくれ。


 心の中で玲奈は何度も何度もそう願い、典子の口からそう告げられるのを待った。


「命には別条なかったみたいよ。ただ、しばらくは入院が必要だって話だけど」

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