第24話 刑事

「……チッ」


 大きな舌打ちをして、玲奈は階段を上った。

 その音に登紀子が気がついて、リビングから顔を出したが、その時にはもう玲奈の姿は階段にない。


「――どうかした? お義姉さん?」

「ううん、何でもないわ。気のせいだったみたい」


 誰かが舌打ちしたような音に聞こえはした。

 階段を上がって行った足音も聞こえていたから、聡太か玲奈だとは思うが二人とも舌打ちなんてする姿が想像できず、登紀子は気のせいだったと思うことに。


「ところで、その棚橋弘人くんは、なんでそんな話お母さんにしたのかしら?」

「え? どういうこと?」

「だって、被害にあったのがレイナって名前の同い年の子だったとしても、そういうのって、家族に話していいの? 捜査情報の漏洩ってやつじゃない?」


 登紀子は探偵ものや刑事ドラマを好きでよく見ている。

 身の回りで起きた事件について、そこから得た知識で好き勝手犯人や犯行動機を妄想するのが好きだ。

 しかし、本物の警察官がその放火が同一犯かもしれないことや、被害者の名前がレイナだなんて母親に漏らしていいものなのか?と疑問に思った。


「ああ、それはね、なんでも棚橋弘人くんがものすごく取り乱していたみたいで――うっかり口を滑らせたっていうか……」

「取り乱していた……?」

「どうも、棚橋弘人くんにはずっと忘れられない初恋の人がいたらしくて……そのせいで、バツイチらしんだけど」


 棚橋が恋をしていたのは、もう二十年以上前の話らしい。

 それを未だに引きずっていて、被害者の顔を見た時、当時の記憶が鮮明によみがえった。


「その被害にあったレイナって子が、その初恋の人に良く似ていたんだって。それにね……」


 もしも娘が生まれたら、レイナにする――と、言っていたらしい。

 もしかしたら、その人の娘ではないかと思わずにはいられなかったそうだ。




 * * *



 翌日、定期健診を終えた後、玲奈は入院患者のいる病棟にいた。

 お腹の子は順調。

 だからこそ、芥子麗奈の動向を把握すべきだと思い、居ても立っても居られなかった。


 どの部屋に芥子麗奈が入院しているかわからないが、この町に入院できるような病院はここしかない。

 この病院のどこかに芥子麗奈がいることは確実だと思っていた。


 まだ生きている。

 つまり、退院したらまた、芥子麗奈による付き纏いが起こるに決まっていると考えた玲奈は、どうにかして殺せないか――と思考を巡らせる。


 脳裏に浮かんでいたのは、それこそ刑事ものやサスペンスドラマでよく見る入院中の病室に忍び込み、枕で顔を抑えて窒息死させるだとか、点滴の中に毒物を混入させるだとか、人工呼吸器を外すとか。

 けれど、そんなのは不可能だと思い知る。


 当然ながら、病棟には監視カメラが至る所についていて、誰にも気づかれずに忍び込めたとしても、その一部始終はカメラに収められてしまうだろう。

 薬の知識もないし、毒物を点滴に混入させることだってできない。



「……どうかしました?」

「いえ、なんでも」


 今だって、病棟内をうろついていた玲奈を不審がって、看護師が声をかけてきたのだから。


「友人がこちらに入院しているって聞いていたので、お見舞いにと思ったんですが……確認したら私の勘違いで、もう退院していたみたいです。すみません」


 にっこりと微笑んで、玲奈は適当な嘘を並べた。

 そしてすぐにエレベーターの方へ行ったので、看護師もそれで納得したのかそれ以上声を掛けられることもなかった。


 笑顔のまま玲奈エレベーターに乗り込むと、扉が閉まる直前で真顔になった。

 降下しはじめた瞬間、電気がチカチカと数秒点滅。

 妙な気配を感じて、鏡に目をやると、自分一人しか乗っていないはずなのに、入院服を着た男の姿が映っていた。

 首が外れているように、ガクンと落ちているように見えるほど、うつむいている。


「ねぇ、あなたが殺してくれない?」


 驚きもせず、玲奈は鏡の男に向かって問いかける。

 男は俯いたまま、動かない。


「捜してるんでしょう? 自分の姿が見える友達を、あなたも……」


 何の反応もないまま、エレベーターは三階で止まる。

 乗って来たのはスーツ姿の男女二人組。

 男の方は、背が高く体格もがっしりとした体形をしていた。

 柔道でもやっていそうな感じがしたが、その細い目から涙が滝のように流れているのを見て、玲奈は驚く。

 年齢的には聡太と同じくらいに見える。

 玲奈はそんないい年をした大人が、顔をくしゃくしゃにして泣いているのを初めて見た。


「ほら、棚橋さん、いい加減泣くのやめてください。びっくりしてるじゃないですか……すみません、気にしないでくださいね。なんでもないですから」


 女の方は小柄で、ポケットティッシュを男に持たせて、申し訳なさそうに玲奈に会釈。

 二人は恋人同士という感じでもなく、どちらかというと情けない兄にあきれているしっかり者の妹のようだった。

 女の方は反対にぎょろりとした大きな目をしていて、全く似てはいないが……


「……」


 玲奈は軽く頷いただけで何も言わず、二人の邪魔にならないように端に寄る。

 そうしてもう一度鏡の方に視線をやると、入院服の男の姿は消えていた。


「まったく、刑事が泣くんじゃないわよ……」

「うるせぇ……っ、刑事が泣いちゃいけないなんて決まりはねぇだろ……」


 マスクをずらして、男は大きな音を立てながら鼻を擤む。

 刑事という言葉に思わず玲奈は二人の方を見た。

 その瞬間、エレベーターは一階に着いて、二人は出て行ってしまう。


 玲奈はその数歩後をついて歩いた。

 聞き間違いかとも思ったが、あの女刑事の方は、棚橋さんと言っていたはず。

 二人が乗り込んだ車のダッシュボードの上に赤色灯が置いてあるのがちらりと見えて、玲奈は確信した。


「やっぱり、ごみはこの病院にいるわ」


 刑事たちが乗り込んできたのは三階。

 芥子麗奈の病室は、あの病棟の三階のどこかだと。




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