第22話 秘密の祭壇
「お願い、出てきて。ねぇ、出てきて」
ブランコに向かって、何度もそう願ったが、何も視えず、ブランコも揺れない。
もうそこに、細女はいない。
原田を連れて成仏したのかとも思ったが、誰か一人が犠牲になるだけで細女の怪談が女子寮内で広がっているはずがないと玲奈は考えた。
何度もそういうことが起こらなければ、怪談にはならないはずだと。
それでも、やはりブランコは揺れない。
それならばと、ネットで周辺の心霊スポットを調べ、その足でいくつかその場所へ行った。
一瞬でいい。
目が合えば、姿が見えさえすれば、悪いものは玲奈についてくるのだから。
墓地、使われていないトンネル、廃病院、殺人事件があったホテル、事故物件も調べ、数日かけてすべて回ったが、何も視えなかった。
どうしようもなくて、今度はネットで呪いについて調べ始めた。
呪いで人を殺そうと本気で考えていたのだ。
おおよそ妊婦が買うような本ではない、胎教に悪そうな本ばかりかき集めたが、何の効果もなかった。
それならばと、誰にも知られずに人を殺す方法を調べようと思ったが、たまたま見たニュース番組で、殺人の方法を調べていた履歴から殺人事件の犯人として捕まった女のニュースを見てやめた。
調べていただけで犯人とされるのなら、それはまずいと思った。
とにかく玲奈は、毎日、呪いや祟りで人を殺すことができないかを考え続けたのだ。
『――馬鹿じゃないの?』
万策尽きて、仕方がなく優奈に連絡すると、なんとも冷たい返事。
「馬鹿って何よ! こっちは真剣に、どうにかしなきゃと思ってるのよ。今だって、あいつの目を盗んでこんな深夜に一人でカラオケ店に来る羽目になったのに」
芥子麗奈は、深夜には姿を見せない。
玲奈の部屋の明かりが消えるのを確認したら、どこに住んでいるのか知らないが自分の家に帰っていくようだ。
だから、玲奈は今夜は友達と会うと嘘を吐いて、24時間営業のカラオケ店に一人で来た。
優奈からしたらいい迷惑だが、明日は土曜日。
眠そうな目を擦りながら、優奈はまたあのアニメのポスターが貼られた友達の部屋から通話している。
『それはご苦労様。でもねぇ、お姉ちゃん、今時呪いで人を殺そうだなんて――できなくはないけど、そんなことしたらお姉ちゃんもどうなるかわからないわよ? 聞いたことない? 人を呪わば穴二つって』
「あるけど……って、待って、やっぱり呪いで殺せるの!?」
『うん。できなくはない。でも、とても危険だし、やらない方がいい。下手したら、お姉ちゃんが守ろうとしているお腹の子に影響が出るかもしれないし』
そんなことになったら、本末転倒である。
「そんな……じゃぁ、どうすればいいのよ」
『簡単よ』
優奈の表情が変わる。
それまでの姉をバカにしたようななんともムカつく表情から、まるですべてを悟った仏のような――
『祈りなさい』
信者と話している時の美恵を彷彿とさせるような表情に。
「は……? 祈る?」
『信之丞様のお力を借りるのよ。信之丞様なら、お姉ちゃんを災いから守ってくれるわ』
信之丞様は火村家の祖先。
つまり、子孫である玲奈を守ってくれる最強の守護神でもある、とまるで美恵がいつもそうしていたように、優奈は諭すような口調で続ける。
『困りごと、悩み事、人の力ではどうすることもできないこと。そういう時、人は神に祈る。信仰とはそういうものです』
「……」
『あなたは今、大切なものを守るために行動している。どうしても守りたいものがある。人、もの、こと、愛……』
スマホ画面に映っているのは、優奈のはずなのに、玲奈にはそれが美恵に見える。
『守りたいという強い想い、意志。それが大事なのです』
自分の目がおかしいのかと目を擦っても、それは変わらず。
画面がカタカタと揺れて、時折フリーズする。
『そういう切実な思いを抱いている人に、信之丞様は必ず手を差し伸べてくれる。ましてや、それが火村家の血を受け継ぐのなら、なおさら。信之丞様は、父性愛がとてもお強いお方でもあるのです。我が子、孫、子々孫々。信之丞様は助けて下さる。災厄から守ってくれる』
声と画面が合っていない。
恵美と優奈は親子だからか、もともと声は似ているが、途中から、優奈の声は完全に美恵の声に変わっていた。
『祭壇の作り方は、わかっていますね? あなたはいつも、それを見てきたのですから』
玲奈は、その日のうちにすべて用意した。
コンビニや深夜まで営業している店で、祭壇作りに必要なものを。
蝋燭、線香、半紙、朱色の墨汁、筆、硯、盃、塩、酒……すぐに手に入らないものは、代用品で。
隣の寝室で眠っている聡太を起こさないように、物音を極力立てずに、向日葵の絵の真下にあるカラーボックスの一番上。
原田が死んで以来、一度も開けなかった扉を開けて、その中に秘密の祭壇を作った。
御札も、信之丞の掛け軸も、必要なものは、ずっとその中にあったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます