第21話 過干渉
「ねぇ、玲奈ちゃん」
「……」
「……玲奈ちゃん?」
「……」
「玲奈ちゃんってば!」
「……え?」
「え、じゃないわよ。どうしたの? ぼーっとして。暑さでおかしくなっちゃった?」
どうやって帰って来たのか、玲奈は覚えていない。
気づいたら片山家の一階にある洗面所で、ずっと手を洗っていた。
あまりに長い時間水が流れている音が続いていた為、心配になった登紀子が三度声をかけたところで、やっと我に返った。
「い、いえ、ちょっとその……考え事していて――」
「考え事? え、もしかして、病院で何か言われた!? どこが悪いの!? 手術は!?」
とても心配そうな表情をしていた登紀子。
本当の親である恵美だってこんな表情をしているのを玲奈は見たことがなかった。
「だ、大丈夫です! その、赤ちゃんができて――」
だから思わず、聡太に言う前に登紀子に話してしまった。
「えええっ!?」
それからはもう、お祭り騒ぎ。
まだ安定期に入ってないから、お義父さんと聡太以外にはには言わないで欲しいと玲奈は念を押したが、三日後には典子から実里へ話が広まっていた。
突然お祝いだといって上機嫌でホールケーキを買いに行っていたくらいだから、ばれても仕方がない。
聡太は聡太で、泣きながら喜んでいて、これから母になることに対しては、やはり何の不安も玲奈にはなかった。
登紀子も子育てに協力すると言っているし、聡太はもともと子供好き。
小学生の卒業文集に将来の夢は小学校の先生と書いていたし、農家の跡取り息子でなければ、そっちの道に進みたかったほどだ。
もう今から名前を考えなければと大騒ぎ。
やはりこの家は、家族に対する愛情にあふれていて、玲奈の理想そのものだと改めて強く思った。
絶対に、手放したくない。
その日の夜、玲奈は隣で寝ている聡太を起こさないように、聡太の寝室を出ると、二階のダイニングで椅子に座って、頭を抱える。
「――ずっと一緒って、なに……?」
どうやって帰って来たかは覚えていないが、芥子麗奈がそんなことを言っていたのは覚えていた。
やっと手に入れた理想の環境。
恋人、家族、そして、新しい命。
居場所を知られた以上、またあの頃と同じように、芥子麗奈は玲奈の周りをうろつくに決まっている。
実は玲奈が緑ヶ丘高校に入学しなかった理由を、芥子麗奈以外が皆知っていた。
知っていて、誰一人、芥子麗奈には言わなかった。
友梨佳と同じように、玲奈を不憫に思ったクラスメイト達が手を回してくれたからだ。
嘘か本当かわからないが、もし芥子麗奈に知られるようなことがあれば……と、担任と教頭を脅したらしい。
二人が不倫していたのを知っていた誰かが、ラブホテルに入っていく動画を見せたのだとか。
「どうしよう……どうしたら、いいの……?」
その夜、玲奈は一睡もできなかった。
* * *
「おはよう、玲奈ちゃん」
玲奈の予想通り、芥子麗奈は翌日から至る所に現れた。
病院はもちろん、大学の前、キャンパスの中、食堂、最寄りのコンビニ、スーパー、郵便局、銀行、実里のケーキ屋の前にも。
「玲奈ちゃん、今日も可愛いね」
講義中や仕事中に話しかけてくることはなかったが、ずっと玲奈を見ている。
いつも視界の端に、その影が見えていた。
玲奈が一人の時を狙って、不意に距離を詰められ、話しかけられる。
それも、おかしなことばかり言う。
「やっぱりちょっと太ったんじゃない? 暴飲暴食は体に良くないよ」
暴飲暴食なんてしていないし、痩せるほど太ったとも思っていない玲奈に、なんども何度もそういうのだ。
無視をしても、ずっと話しかけてくる。
「玲奈ちゃんの身長なら、40kgは多すぎ。35kgくらいがちょうどいいと思うよ。中学の頃みたいに。その方が、脚も腕もお腹も余分なお肉がなくて綺麗よ」
玲奈が妊娠していることは知っているのか、知らないのか……
これから体重は増えるし、子供が育てばお腹も大きくなる。
体形も変わるだろう。
それなのに、痩せろだとか、スーパーで買い物をしていた時なんて、「こんなの食べたら太るからダメ」と言って、勝手にカゴの中に入れた商品を戻されたりもした。
「いい加減にして!! 私が何を買おうと、あんたに関係ないでしょ!?」
ついに耐え切れなくなって怒鳴りつけると、
「ふふふっ、玲奈ちゃんが私と話してくれた。嬉しい、嬉しい」
などと言い出したので、怒りも呆れも通り越して、ただただ殺意が芽生えた。
怒っても、怒鳴り散らしても、泣いて叫んでも、芥子麗奈はどうにもならなくて、話が通じなくて、ストレスだけが溜まる。
聡太に相談しようと思ったが、運悪く農園が盗難被害に遭い、ニュースで報道されるほど大変なことになっていて、とても相談できるような状況ではなかった。
どうにかして、あの女を消したい。
殺したい。
そんな考えで頭の中が支配されていた。
しかし、これから生まれてくる我が子を、犯罪者の子供にすることはできない。
一人、自分の部屋でずっと考え込んでいた。
どうにかしなければ、このままではストレスでこっちが死ぬかもしれない。
胎教にだって、絶対悪い。
「どうすれば……」
その時、向日葵の絵と目が合った。
玲奈にとって、一番最近、人の死に触れたのは細女に憑りつかれて死んだ原田だ。
寮の屋上から飛び降りて自殺したことになっているが、そうさせたのは細女だ。
幽霊の仕業だなんて、警察は信じない。
幽霊が存在すると証明することができないのと同じように、証拠がない。
証拠が無ければ、人を殺しても犯罪者にはならない。
「細女……――」
同じことをすればいい。
自分に憑りつくはずの幽霊や怪異を、芥子麗奈に憑けることができれば、玲奈は犯罪者になることなく、芥子麗奈を殺すことができるかもしれない。
そう考えて、玲奈は深夜にこっそり家を抜け出し、一人であの公園へ行った。
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