第19話 私の神様
それは玲奈が通っていた中学で、年に二回ある私服登校日の一時間目と二時間目の間だった。
休憩時間ということもあり、教室内はそれなりにざわざわと騒がしかったのだが、突然聞こえた「ブス」という強烈な言葉に、皆静まり返る。
「どんなに似せようとしてもさぁ、元が違うんだから、あんたは玲奈にはなれないよ」
友梨佳は、芥子麗奈を見ていて腹が立った。
お前には自分というものがないのかと。
一回目でも玲奈と芥子麗奈がまったく同じ服を着ていて、その時はただの偶然か、よっぽど仲がいいのだろうと思っていた。
まだ入学したばかりで、玲奈と芥子麗奈がどんな人間かわかっていなかったからだ。
だが、それから半年も経てば、わかる。
何でもかんでも玲奈の真似をして、いつも玲奈の後ろをついて歩いて、私服登校日二回目の今回も全く同じ服装に同じ髪型。
玲奈はいつもクラスの中心にいたが、芥子麗奈は玲奈以外とほとんど会話をすることもなく、いつもうっとりした表情でにやにやと笑いながら玲奈を見つめている。
「元が違うの。玲奈は何もしなくても超かわいいし、めっちゃ良い人だけど、あんたは違うじゃん。顔だってブスだし、骨格からして違う。玲奈以外とは話そうともしない。そういう自覚ある?」
友梨佳はクラスの女子の中で一番気が強く、自分を持っている子だった。
誰より美容に興味があって、将来は美容師になるのが夢だと公言し、よく休み時間にクラスの女子の髪を編んだり、結ったりしているような子だった。
年の離れた姉がアパレル関係の会社で働いているということも影響して、骨格診断やカラー診断もネットで誰よりも早く勉強していて、似合う色だとか形にやたらと詳しい。
そんな友梨佳から見れば、玲奈に似合うものと芥子麗奈に似合うものはまるで違う。
それなのに、いつも玲奈の真似ばかりして、いるのが気持ち悪かった。
何度か学校以外の場所で二人を見かけたことがある友梨佳は、玲奈の服装を芥子麗奈が真似ていることにいち早く気がついていた。
もっと自分に似合うものがあるはずなのに、全部玲奈のコピーであることが我慢ならなかった。
決して芥子麗奈を貶したいわけじゃないし、虐めているわけでもない。
もっと自分というものを持って欲しいと思ったから、そうはっきり言っただけである。
「憧れるのはわかるけど、真似すればいいってもんじゃないから」
「……うるさい」
「は?」
その場には、もちろん玲奈もいたのだ。
だから、その一部始終を玲奈は見聞きしていた。
友梨佳に大声ではっきり言われて、しばらく押し黙っていた芥子麗奈が、それまで誰も聞いたことがないような大きな声で、友梨佳に言い返した瞬間を。
「玲奈ちゃんは私の神様なの! 同じものが欲しいと思って何が悪いの!? 玲奈ちゃんが身に着けているものなんだから、いいものに決まってるの!! 何が悪いの!? 神様が使っているものと同じものを持っていることの、何が悪いの!?」
「か……かみ?」
顔を真っ赤にして、細い目を吊り上げて怒っていた。
そんな芥子麗奈と友梨佳の様子に、ますます注目が集まる。
「そうよ! 神様なの!! 玲奈ちゃんは、私の神様なの!!」
「あんた、何言ってんの? 玲奈が神? じゃぁ、何、玲奈が言うことは全部正しいってか!?」
「そうよ! そうに決まっているわ!!」
その声は、廊下まで響いていて、何事かとほかのクラスの生徒も入口から様子をのぞき込んでいた。
「じゃぁあんた、玲奈が死ねって言ったら死ぬわけ!?」
「玲奈ちゃんがそんなこと言うわけないでしょう!? あなた何なの!? 本当にうるさい!! 玲奈ちゃんはそんなことしないし、言わないし、玲奈ちゃんのこと何もわかってないくせに、口出ししないで!!」
取っ組み合いの喧嘩になりそうだったが、その時ちょうど二時間目の教師が教室に入って来て、一旦中断。
授業が終わった後、芥子麗奈と友梨佳は職員室に連れて行かれ、事情を聴かれていた。
「びっくりしたよ。芥子さんがあんなに大きな声だしてるの初めて見た」
「授業なんてまじどうでもよかったよね」
教室に残っていた生徒たちは、いっせいに二人の話をし始める。
「玲奈ちゃんは神様だって、ヤバくない? 確かに玲奈ちゃんは可愛いけどさ……」
「あれは異常だよ。実は私も思ってたんだよね。ごみ――」
「ごみ?」
「ああ、ごみってのは、小学校の時あいつが陰でつけられてたあだ名なんだけど……玲奈は優しいから、何も言わないけど、気になってた。いつもいつも玲奈の真似ばっかりして、ずっと玲奈の後を付け回してさ」
「小学生の頃からそうなの?」
「そうそう、うちも変だなって思ってた。確かにみんな玲奈のことは一目置いてるけど、ごみだけは本当に異常で――」
それまで本当に、玲奈は芥子麗奈が自分の真似をしてこようと、ほとんど気にも留めていなかった。
そういう子なんだと思っていた。
ちょっと嫌だなとは思っていたけれど、その程度だった。
だが確かに思い返せば、ずっと、妙な違和感はあったのだ。
「玲奈ちゃんはそんなことしないよね」だとか「だって、玲奈ちゃんは優しいから」とか、勝手な理想を押し付けられているような気がすると感じたことはあった。
登校時はいつも近所の公園で待ち合わせて、それからみんなで一緒に登校する。
そのみんなの中に、芥子麗奈もいた。
小学生の頃はそれでよかったが、中学では違う。
芥子麗奈の家は中学校の目と鼻の先にある。
彼女はわざわざ朝、公園まで行って、来た道を戻って玲奈と一緒に登校することに異常にこだわっていた。
みんなと遊ぶとき、誘っていないのにその輪の中に芥子麗奈がいたこともあった。
いつも勝手について来て、気づけば玲奈の後ろに立っている。
それが毎日だったから、それが異常であることに玲奈は気づいていなかった。
嫌いでも、好きでもない。
玲奈にとって、芥子麗奈はただ、小中と同じクラスのクラスメイトというだけだった。
はっきり言って、どうでもいい存在だった。
だから……
「なんか、一人だけ変な宗教の信者みたいだよね」
誰かが言ったその一言で、玲奈は芥子麗奈が大嫌いになった。
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