第12話 きっかけ

「びっくりしちゃった。あんなに見事に憑りつかれるなんて……まぁ、御札があるから家の中までは入ってこないだろうとは思ったけど」


 優奈は、自分の部屋の窓から老婆の霊を連れて帰って来る玲奈の姿を見ていた。

 いつもならカーテンを閉める時間帯だが、この日は自分の部屋ではく、ほとんどの時間を居間で過ごしていた為、カーテンを閉め忘れていたことに気づいたのだ。


 玲奈が家に入った瞬間、連れてきてしまったものは御札の効果で強制的に剝がれたが、玄関の前に居座っている。

 このまま玲奈がまた外に出たら、また憑りつかれて左肩に負荷がかかるだろうと優奈は想定していた。


「熱が出ているのは、そのせいで体が拒否反応を起こしたからよ。ウィルスと一緒。悪いものから体が戦ってるの」

「そんなわけないでしょう。こんなのただの風邪よ」

「もう、またすぐそうやって否定する……こんな真夏に寒くて震えてるくせに、何言ってるの」


 優奈はキッチンの棚からプラスチックのケースを持ってくると、中に入っていた塩を片手いっぱいに握りしめて、玲奈にぶつけるように何度もかけた。


「ちょっと……!! 何するのよ!!」

「応急処置だよ。これ以上悪化させない為のね。ほら、お姉ちゃんもぼーっとしてないで、信之丞様に助けて下さいってお祈りして」

「はぁ!? なんで、そんな意味のないこと……」

「意味はあるわ! ほら、早く。心の中で思うだけでも違うんだから」


 まるで節分で子供に豆を投げられる鬼役になったようだった。

 いや、子供ですらこんなに力いっぱい投げつけてはこない。

 五歳も離れた妹に、玄関で塩をかけられている姉なんて、あまりにみじめすぎて、玲奈は泣きたくなった。

 しかし、高熱で立ち上がる気力も、泣く体力もなくなっている。


「火村の血を引く人は、ああいうものに好かれやすいのよ。特にお姉ちゃんは、人からも人じゃないものからもね。引き寄せやすい体質なの。だから、お母さんが御札だけは肌身離さず持ってるように言ってるのに……」

「もう、わかったから、塩をかけるのやめてよ」

「応急処置だって言ったでしょう? あと二回だから、我慢して」


 塩をかける回数になんの違いがあるのか、玲奈にはさっぱり理解できなかった。

 幼い頃から視える体質であるからこそ、優奈は悪いものから身を守る術や対処法をしっかり美恵から叩き込まれている。

 とてもきっちりしている性格の為、回数だとか分量の通りでないと気が済まない。


「はい、完了。あとは自分の部屋でおとなしく寝ていてね。一晩寝たら、朝には楽になっているはずだから」

「部屋で……って、私、動けないんだけど」

「お姉ちゃん、いくら私でもお姉ちゃんを部屋まで運べないよ? 私、この体はまだ小学生なんだからね?」

「この体はって、他にもあるわけ?」

「……あったのよ。ずっと言ってるでしょう? 私、この体に生まれ変わる前は――……昔の話はいいわ。どうせ言っても、お姉ちゃんは信じないだろうし」


 優奈は歩けない玲奈をどうすべきか少し考えて、自分の部屋からキャスター付きの椅子を運んでくると、それに玲奈を乗せて居間まで運んだ。

 さすがに階段を上ることはできないため、居間の長椅子で玲奈を転がすように降ろして、掛布団を適当にかける。


「ありがとう……」

「本当にありがたいと思っているなら、お母さんの言う通りにちゃんと修業して。今はずっと視えるわけじゃなくても、突然何かのきっかけで視えるようになるかも知れないんだからね」


 きちんと修業さえ積めば、いつかそうなった時に一人で対処できるんだから……と、優奈が美恵と同じようなことを言っていたところまでは、記憶にある。

 その後は、眠ってしまった為覚えていない。

 優奈が言っていた通り、翌朝起きると、昨日の高熱が嘘のように平熱に戻っていたからだ。


「昨日のはとりあえずトンネルに戻しておいたから……また何か見たらすぐに言ってね。連れて帰って来る前に。家の中までは本当に強いのしか入って来られないけど、周りをうろつかれたら迷惑なの。お姉ちゃんじゃなくて、周りにいる人が不幸になる可能性もあるんだから」


 優奈は得意気にそう言って、出かけて行った。

 夏休みの宿題は初日でほとんど終わらせてある為、今日は一日中、友達の家でゲームをして遊ぶらしい。

 台所のテーブルの上には、きちんと玲奈用の朝ごはんまで用意してあって、本当に小学生なのか疑いたくなるくらい、優奈は大人びているなと感心したくらいだった。



「――玲奈? どうした?」


 窓の方をじっと見つめたまま固まっていた玲奈の様子がおかしいことに気がついて、聡太は声をかける。


「う、ううん。なんでもないよ」


 片山家の人たちは、みんな優しい。

 義両親も、その兄弟たちも、従兄妹もまだ幼いその子供たちも。


 まだ同居を始めて一日目だが、この家はとても居心地がよかった。

 

 ここでは誰も信之丞に祈らないし、食事中に話をしても怒られない。

 普通の家だ。

 むしろ、普通よりもずっと良いのかもしれない。


 普通ではない家で育った玲奈にとって、やはり片山家は、理想の家族そのものだと思った。

 この家族の一員に今日からなれるのが嬉しい。

 結婚相手に二十歳も上の聡太を選んだのも、厳しい父から受けられなかった愛情を無意識に求めていたからだ。


 玲奈は自分のせいでこの人たちに何かが起きてはいけないと心から思った。



 歓迎会が終わってすぐに、玲奈は密かに優奈にLINEを送った。

 もし、本当に、何か悪いものを引き寄せてしまっていたなら、最悪の事態が起こる前に対処しなければ……と。


 決して、信之丞を信じているわけではない。

 ただ、何か良くないことが自分のせいでこの家に起きてしまうのではないかという不安が、そうさせたのである。


 それが玲奈のになるとも知らずに。

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