第11話 変なもの


 実里と典子が暮らしている家は、この家の隣にある。

 隣といっても、道路と畑を挟んでだが。

 あちらは三男の家で、本家は聡太の父が長男である為こちら側だ。

 親戚が近所に固まって住んでいることもあって、親戚同士の中が非常に良いのはこの片山家の特徴であった。

 親戚同士なだけでなく、近所であるため交流は多く、玄関のチャイムも鳴らさずに近所の人間が来ることは多い。


 今日も、典子は玲奈が引っ越してくるとのことで、夜に歓迎会をすることになっていた。

 典子はその準備の為、自宅からポテトサラダと春巻きを持って、時間より早くやって来た。


「あたしの部屋の窓から、ここのお庭がちょうど見えるのよ。さっき、下処理が終わったから、早めに来ようと上着を取りに行って……その時、窓の外を見たら、見慣れない女の人がいたから、玲奈ちゃんだと思ったんだけど……違ったのかしら?」


 玄関の方へ歩いて来た時も、庭には人影があった。

 後ろ姿だったような気がした為、おそらくこちらの存在には気づいていないだろうと、典子は声をかけずに玄関から入って来たのだ。

 外にいたと思っていた玲奈が、和室にいたのだから、驚いても仕方がない。


 玄関まで回らずとも、リビングの窓から出入りはできるが、今閉まっている窓やレースのカーテンの開閉音も聞こえなかったし、距離や時間を考えると物理的に難しい。

 典子からしてみれば、本当についさっきまで庭にいたのだから。


「私、お庭には出てませんけど……?」


 荷物の出し入れに玄関前に停まっている車までは行ったが、それ以外で玲奈は外には出ていない。

 別の誰かと勘違いしているのでは?と、玲奈は訊ねたが、典子は腑に落ちていないような顔をしていた。


「あたしの見間違いだったとしても、一体誰? あんなにスラっとした感じのお嬢さん、この近所にいたかしら?」


 典子には思い当たる人がいない。

 若そうに見えたし、背が高いように見えた。

 近所に住んでいる女性は、みんな150㎝前後。

 腰が曲がっている年寄はそれよりもっと小さく見える。

 それに体系も華奢な感じではなく、横に大きいイメージだ。


 娘の実里と間違える可能性も低い。

 他に玲奈くらいの若い人で思い当たるのは、次男のところの末っ子だが、彼女はぽっちゃり体形で、まったく雰囲気も違う。

 それに彼女は別の町に住んでいて、今回は行けないと連絡が来ている。


「庭にいたんだろう……? どのあたり?」


 聡太は居間のレースのカーテンを開け、庭の様子を見る。

 レースのカーテンといっても、夏場の暑さ対策として遮熱性の高いカーテンで、開けないと外の様子ははっきり見えないようになっていた。


 椅子とテーブルが置いてある、レンガと人工芝が敷かれた広い庭。

 今は何も置かれていないが、春になればガーデニングが趣味の登紀子が作った色とりどりの寄せ植えの鉢がいくつもなら並ぶ。


「そこの紅葉の木の近くよ」


 典子は一番大きな木を指さした。

 けれど、そこには誰もいない。


「誰もいないわねぇ……見間違いだったのかしら?」

「どんな感じの人でした? 本当に私に似ていたんですか?」

「うーん、そう見えたんだけど……顔を見たのは、部屋からだったからはっきりとは見えなくて――細くて、スラっとした、玲奈ちゃんみたいに髪の長いお嬢さんだったわよ」



 * * *



 ――何か、連れてきてしまったのかもしれない。


 歓迎会が始まっても、玲奈の頭の中は、そのことでいっぱいだった。

 典子が目撃した女の話を聞いて、細女の姿が頭を過ぎり、その上、妹が言っていたことを思い出したのだ。


 それは、玲奈が高校一年生の頃、夏場に体調を崩した時のことである。

 まだアルバイトをしていなかった玲奈は、放課後は特にやることがなかったし、その日はちょうど夏休み。

 肝試しに行こうとクラスの何人かで、幽霊が出ると噂のあるトンネルに行った。


 とくに怖いことは何も起こらなかったが、その帰り道、玲奈の体はおかしかった。

 左側の肩が妙に重たくて、ずっと何かで押されているような肩こりがあり、その上、熱帯夜だというのに寒くて震え出したのだ。

 本当はこの後、皆でゲームセンターに寄る予定だったのに、高熱があるようで泣く泣く諦めて一人家に帰った。


 その日、両親は信者が亡くなったらしく葬儀のため家を空けていた為、門限なんて気にせずに遊ぶ予定だったのが、すべて台無しに。


「――自分の姿が視えてる人間を見つけて、憑いてくるのもいるのよ。中には、悪いものも。だから、そういうのにちゃんと対処できるように、修業は大事なの」


 家に入ると方の痛みは引いた。

 しかし高熱でふらついて立っていられず、玄関で倒れていた玲奈の看病してくれたのは、妹の優奈ゆうなだった。


「普段は霊感のかけらのない人でも、そういう場所では波長が合って見えることもあるのよ。お姉ちゃんはまだはっきり視えないみたいだし、対処法を知らないんだから、きちんと信之丞様にお祈りして守ってもらわなくちゃ……」


 優奈は玲奈と違って、小さい頃からそういうものが視える体質だった。

 誰もいない部屋の隅をじっと見つめていたり、美恵と同じものを視線で追うことができるし、声も聞こえる。

 それは玲奈にはわからない感覚で、理解もできない。

 分かりたくもないのに、美恵と同じように淡々と幽霊だとか妖怪だとか、そういう類の話を得意気にしてくるのが、玲奈は嫌いだった。

 それさえなければ、可愛らしい妹なのだが……


「お父さんとお母さんがいないからって、いつもの鞄を持って行かなかったでしょう? そのせいで、変なものを連れてきてしまったのよ」


 玲奈の着る服も鞄も、身に着けるものはすべて小学生までは美恵が選んだものだ。

 中学に入ってからは、服は自分で好きなものを選んでいいと言われていたが、鞄は別。

 通学時の鞄はもちろん、普段の出かける用の鞄の底には黄色い御札が入っている。

 それ以外の鞄を持って出かけようとすると怒られるか、御札を無理やり入れられてしまうのだ。


 本当は高校入学前にお年玉で買った小さくて可愛らしいショルダーバッグに財布とスマホだけを持っていきたいが、御札を折りたたまなくては入らないため、恵美か優奈以外と出かける際は使用を禁止されていた。

 美恵いわく、折って持ち歩いてしまうと、御札の効果が最大限に発揮されないらしい。


「変なものって、私は別に何も見てなんか……」

「嘘。見たでしょう? そうじゃなきゃ、こんなことにはならないよ。あのトンネルには、あそこでひき逃げに遭った人たちの霊が溜まってるの。お姉ちゃんに憑いて来たのは、


 確かに、トンネルの中で玲奈は見ている。

 三秒ほど目が合った。

 左側しかない老人の顔を。

 顔も体も、右側がない腰の曲がった婆さんを。


 初めは横から見た。

 まさか視えていない側が存在しないとは思っていなかったから、どうしてこんな時間にお婆さんがいるんだと不思議に思った。

 ゆっくりと振り返ってこちらを向いた老婆の右側がないことに気づいて、すぐに目をそらした。

 肝試しに行こうと誘われ、断れる空気じゃなかったからそこに行っただけで、玲奈は幽霊なんて信じていない。


 出ると噂されているから、そのせいで幻覚を見たのだと。

 そんなもの、本当に存在しているはずがないと。


「そうじゃなきゃ、お姉ちゃんの左の肩に指一本でぶら下がってたりしないわよ」






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