第10話 無宗教
「この数珠……なんで――」
「数珠……? それなら確か、ばあちゃんが旅行に行った時に買って来たんだよ」
「旅行……?」
「詳しくは知らないけど、うちの宗派の総本山?とかいうのが京都だったか、奈良にあって……そこのお寺で買ったって」
関西なら、信之丞様は関係ない。
美恵が教祖をしている宗教団体は、実家があるあの町のごく一部の人間しか知らないものだ。
奈良や京都のような由緒正しいお寺で売られていたものが、偶然、似ていたというだけ。
一瞬、ぞっとしたが、違うようで玲奈は安心する。
片山家の仏壇にはそれ以外に信之丞様を信仰していると思えるようなものはない。
和室のどこも、信者の家に必ずある信之丞様の掛け軸もかかっていなかった。
普通に線香をあげ、手を合わせるだけでいい。
頭を畳にこすりつけなくていい。
ごくごく普通の仏壇がある家というだけ。
「実家にあるのと似てるから、びっくりしちゃった……」
「え? 数珠なんてどこの家も同じだろ?」
聡太はまったくもってそういうものに興味がない。
片山家の後継ぎである以上、この家も土地も墓だっていずれは受け継ぐことになるが、自分の家が仏壇があるから仏教徒なのはわかっているが、そこに宗派が存在していることもあまりよくわかっていない。
年始は神社へ初詣に行き、月命日には坊主がお経を上げに来るし、友人の教会での結婚式にも普通に参列する。
夏には町内会でやる盆踊りの手伝いをして、ハロウィンで仮装して街中を練り歩いたこともあるし、毎年クリスマスにはチキンとケーキを食べる。
仏教も神道もキリスト教も全部いいとこどりの、典型的な自分は無宗教だと思っている日本人である。
線香の立て方や焼香の回数に宗派による違いがあることや、お経も違うことなんて知らない。
玲奈のように毎日二回お祈りをしなければ怒られたり、年末には信之丞様の掛け軸が貼られた信者の家を妹と回って、新しい御札を配ったりさせられた経験もない。
五年前に祖母の葬儀で遺族がするべきことを一応、一通り経験したくらいだ。
その前の母方の祖父の葬儀の頃はまだ二十代。
聡太がしたのは線香番にかこつけて徹夜で飲み明かした程度で、もっと何もわかってはいなかった。
だから、数珠の長さも材質も気にしたことがない。
玲奈の実家でも、一体どんな特殊な宗教なんだろうと身構えていたが、まったく変だとは感じていなかった。
「――あれ?」
線香を上げ終わって、和室から出ようとしたそのタイミングで、ちょうど聡太の叔母――つまりは、実里の母の
危うく両手で持っていた大きなガラスボウルを、落としそうにまでなっている。
片山家の居間と和室は直結している。
広く見せる為に常に襖を開けっ放しにしている為、居間に入れば和室の様子も丸見えである。
「どうしたの、典子叔母さん。そんな驚いた顔して……玲奈とは初対面じゃないだろ?」
「え、ええ。そうよ。知っているわ。今日からこの家で暮らすってことも聞いて……いや、でも、そういうことじゃなくて、玲奈ちゃん、今――」
玲奈は典子と回数はそれほど多くはないが、会ったことがある。
たまに実里の店に顔を出すことがあるからだ。
実里から、玲奈と聡太が付き合っていることも聞いているし、以前この片山家に遊びに来た時も、玄関先ですれ違って、挨拶している。
頻繁にこの片山家に訪れることがある典子は、玲奈は気づいていなくても聡太の車から降りてくるところや、聡太と二人でショッピングモールにいるのを見かけたこともあって、顔を認識していた。
だから、初対面というわけではない。
しかし、驚かずにはいられなかった。
あり得ない状況だからだ。
「お庭にいなかった?」
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