第3話 二人のメイド

 廊下に出ると、書斎のほうから声が聞こえた。

 どうやらそこが懐中時計が紛失した現場のようだ。


 書斎にはアレクシスとルイーズ、そして執事の三人がいる。玲奈は彼らに気づかれないよう、柱の陰に身を潜めた。


「私は昨夜もこの引き出しに入れた。他に鍵を持っているのはお前だな」

「左様でございます、旦那様」


 執事の男性が恭しく答えた。くだんの懐中時計は毎朝執事が磨いているが、スペアキーで執務机の引き出しを開けると懐中時計が無くなっていたらしい。


「今朝書斎の掃除をしたのは?」

「メイドのエミリーです」

「ならば一番疑わしいのはその者だな。そのメイドはどうしてる」


 アレクシスの問いに、執事が目線を落とす。


「今は使用人部屋に下がらせております」

「失せ物が出てくるまで仕事はさせるな。昼までに見つからなければ警察に突き出せ」


 一切の情が削ぎ落された、淡々とした声だった。


「けれど坊ちゃん、あのエミリーがまさかそんなはずは」

「統計上、こういったケースでの犯人は大抵使用人だ。外部からの侵入なら金品が狙われるが時計だけというのはおかしい。盗難に見せかけた別目的の可能性もある」


 ルイーズが言い募るも、アレクシスは取り付く島もなく「持ち場に戻れ」と言い残して書斎を後にした。



 玲奈は耳にした会話を記憶に留めながら、首を傾げた。


 本当にそのメイドが盗んだのだろうか。

 この屋敷にどれだけの使用人がいるのか分からないが、引き出しのスペアキーの存在を知っていれば誰でも犯行可能なように思える。


 昼まではあと四時間もない。そこがタイムリミットだ。


 玲奈は三人が書斎から出たことを確認してから、そっと中へ入った。

 書斎には、一流と思われる調度品が配置されている。壁一面の本棚や、暖炉、キャビネットの上などを順に見て回るが、手がかりになりそうなものは見つからない。


「そう簡単にはいかないか…」


(こういうとき、シャーロック・ホームズならどうするんだろうなぁ)


 本で読んだ探偵たちの活躍を思い浮かべながら溜息をつくと、視界の隅にゲーム画面のように半透明の赤い円が浮かび上がった。


(え、何これ……?)


 ちょうど暖炉の前にあるセンターテーブルの辺り。

 急いでその上を確認するが、何もない。


 テーブルのクロスをめくってから下を覗き込んでみると、絨毯が汚れていることに気がついた。一応掃除はしたのだろうが、完全には取り切れていない、そんな状態だった。

 

 (なんだろう、ほこりじゃないような?)


 指でなぞってみると、細かな灰が付着した。

 煙草の灰にしては広範囲すぎる。ということは暖炉の灰だろうか。


 立ち上がると、先ほどまで視界に見えていた赤い丸は消えた。


 そういえば《ロンドン幻想譚》のゲーム説明で『ヒント機能』というのがあった気がする。つまり、これは事件解決の手がかりを示しているのかもしれない。 


「……だったらこんなヒントじゃなくて、懐中時計のありかを教えてくれたらいいのに」


 それでは推理ゲームとして成立しないと分かりつつも、ついボヤきたくなってしまう。


 センターテーブルの下の灰。

 これがどう手がかりになるのかは分からないが、まずは一つ収穫だ。

 玲奈は屋敷の誰かと鉢合わせしないよう、慎重に様子を窺ってから書斎から出る。

 さて、これからどうするか。


 すると、また視界に赤い丸が現れた。ヒントだ。


 赤い印に導かれながら慎重に廊下を進むと、かどを曲がった先で床を磨いている若いメイドを見つけた。


「っ、あなたは……?」


 玲奈は『屋敷に招待されたアレクシスの友人』だと名乗った。

 もちろん、この場を切り抜けるための出まかせである。当然客人の予定など聞いていないメイドは、明らかに困惑の表情を浮かべた。


「旦那様のご友人、ですか?」

「ええ。えっと、あなたがメイドのエミリーさん?」


 これ以上深く追及されないよう先手を打つと、メイドはびくりと肩を震わせた。


「違います。私はケイトといって、エミリーさんは私の先輩です」

「そうなんですね。実はアレクシスさんの懐中時計のことなんだけど、」

「エミリーさんは犯人じゃありません!」


 突然の大声にぎょっとする。ここに自分がいると他の人にバレたら一大事だ。慌ててケイトの腕を取ると、廊下の端へと引っ張る。


「エミリーさんは新人の私にすごく優しくしてくれて、責任感も強くて……だから盗みなんてっ」

「うん。彼女の疑いを晴らすためにも協力してもらえる?」


 今にも泣きださんばかりのケイトは、その言葉に少しだけ信頼を置いたように頷いた。


「ここのお屋敷にはどれだけの人が働いているの?」

「執事のジェラルドさんと家政婦のルイーズさん……ハウスメイドは私とエミリーさんの二人です」


 この規模の邸宅にしては少ない気がしたが、なかなかメイドが長続きしないらしい。


 あとは料理人が二人と御者ぎょしゃが一人で、合計七人。

 ただ、料理人や御者が書斎に出入りするのは不自然で、もし見つかった場合のリスクが高い。となると、容疑者は前述の四人に絞られそうだ。


「アレクシスさんの懐中時計って見たことある?」

「いいえ、私はお屋敷に来てまだ二週間で。最近一人で持ち場を任されるようになったばかりなので」

「書斎を掃除したことは?」

「……ありません」


 そのとき、玲奈はに気がついた。


「あと一つだけ教えて。今日はどんな仕事をしたの?」

「えっと……一階の大居間リビングと二階の廊下の床を拭いてから、窓を磨いて……」


 玲奈はつい口を挟みそうになるのを堪えて、他には?と続きを促す。


「あ、肖像画が少し傾いていたので、先ほど直しました」

「肖像画?」


 玲奈の頭に、古典推理のセオリーが掠めた。


「ありがとう、すごく参考になったわ」

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