3.ハティの決意

ヨルノは宿屋の3階に4人それぞれの部屋を用意していた。

荷物を整理して階下に向かうと、食欲をそそる香りがユタの鼻腔びこうをくすぐった。


「もしかしてステーキ?!」

階段を転がり落ちらんばかりの速さでユタが食卓に駆けつける。

 

ステーキといえばユタの大好物だ。近くに牧場がないハミル村ではめったに食べられない贅沢品だった。

 

食卓にはもうユタ以外のメンバーが揃っていた。

「ワッハハ。そんなに喜んでくれるなんて頑張って用意した甲斐があるね。たんと食べな。」

満面の笑みを浮かべたヨルノの掛け声で、初めての晩餐が始まった。


ステーキ、新鮮な生魚、見たことがない美味しい食材。

誰もが夢中でヨルノの料理をかきこんだ。

 



しばらく経った頃、トーリが話し始めた。

「王都ってすごいんですね、空飛ぶ馬車とか首が痛くなるほど高い塔とかがあって驚きました。」

 

「初めて見たら確かに驚くだろうね。天車あまぐるまも、蒼の塔もアレジストの能力のお陰だよ。」


「アレジストって戦うのが仕事じゃないの?。」

ハティが身を乗り出して目を輝かせている。

珍しいハティの姿に3人は驚いた。


何でも知っていて、それ故に皆から一歩引いた位置にいたハティ。

こんなふうに誰かに自分から話しかけに行くほど興味をあらわにした姿なんて見たことがなかった。


「アレジストって言うのは戦うだけじゃない。アンタたちを助けたっていう朱剣団はそうだけど、他にも2つあるんだよ。」

 

「2つ?」

ハティが首を傾げる。


「1つは翠会みどりかい。職業に特化したアレジストたちが所属してる。例えばウチの知り合いだと、動く絵を描く画家なんかがいるね。

そしてもう1つは蒼の塔だ。

ハティ、アンタが興味ありそうなのはこっちだろうね。」 


「あおの、とう」

一つずつ言葉を味わうようにハティが繰り返す。


「そう。蒼の塔はアレジスとか化け物を研究する研究者たちの楽園。ウチも詳しいことは知らないけど、天車はそこで開発されたらしいよ。なんでも空を飛ぶアレジスを人工的に再現したとかだって。」 


「アレジスの研究……」

ハティの心に響くものがあったようだ。

  




美味しいご飯に舌鼓をうって一息ついた頃、4人は各々の部屋に戻った。

お腹がいっぱいで寝れそうになかったユタは少し散歩をしようと宿屋の周りを一周してみることした。


 

廊下に出て窓の外に目をやると、ハティが月灯りに照らされているのが見えた。


ユタは急いで階段を駆け下り、ハティに走り寄った。

「ハティ!そんな薄着じゃ風邪引いちゃうよ!」

 

「ユタ。大丈夫、もう戻るところだから。」

ハティはユタに顔を見せないようにしているのか後ろを向いたまま返事をした。


「ハティ、大丈夫か?」

もしかして1人涙を流しながら故郷でも思っていたのか。

そうユタが思っていたら……

 

「泣いてると思った?」

くるっとこちらに顔を向けたハティは勝ち誇ったような微笑をたたえてた。

   

「なんだよ、せっかく心配してやったのに。」


2人は顔を見合わせて笑い出す。

こんなハティのいたずら好きなところも困ったものだ、と思いいつつ、ユタは別に嫌いじゃなかった。


ユタが笑いすぎて溢れてきた涙を拭うと、ふっ、とハティの顔が急に真面目なものになった。  

「ユタ。ハティは蒼の塔に行く。」

 

ユタの身体は突然のハティの言葉に固まった。

ただ、ハティは朱剣団には入らない。そんな予感がしていたからかそんなには驚かなかった。


外で遊ぶことよりも、村長の分厚い本を読むほうが面白いと言っていた子だった。

そんなミツル村で一番賢いハティのことだ。

きっと、蒼の塔でも活躍するんだろうな、とユタはぼんやりと未来を描いた。

 

 

「ハティは、“知りたい”。

なんでハティたちがこんな運命を辿らなくちゃいけないのか。そのためならどんな辛い試練だろうと乗り越えてみせる。……みんなの為に。」

小さなハティの手が爪が食い込むほど強く握られていた。


体は弱いが、誰よりも強い芯を持った少女。

ユタは妹のように思っていたハティがこんな決意を抱くほど大きくなっていたことに驚いた。


「ハティ……」


「なんて。今の忘れて。じゃあおやすみ。」

ハティは手をひらひらと振って、宿屋の中へと戻って行った。

 

何処までが本気なのか分からない少女の決意は、月明かりだけが知っているのだった。

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