第14話 初弟子

「——私に、剣術を教えてください」


 一通り部屋を案内したのち、彼女の修練が見たいとの要望を受け、地下室で見られながら修練に励んでいた俺に、ミトが言ってくる。声色的に冗談ではなさそうだ。

 

「別にいいけど……どうしたんだよ急に。そんなにかっこよかった?」

「はい、とても」


 …………。


 まさかドストレートに返されるとは思っていなかった俺は、ものの見事なカウンターを食らい……素で照れてしまった。同時に美女にお褒めの言葉をいただいたという事実に舞い上がる。


 聞いたか皆の衆。美女にカッコいいって言われたぞ! 今後はイケメン剣士を名乗ろうかな。


「剣司様?」

「なんでもない。ちょっと舞い上がってただけだから」

「は、はぁ……」


 なんとも言えない表情でなんとも言えない微妙な反応をするミト。心做しか可哀想な者を見るような目を向けられている気がして、普通に傷付いたのは内緒だ。

 

「んんっ! ……確認だけど、本気で言ってるんだよな?」


 切り替えるように咳払いをして、真剣に尋ねる。


 俺も剣士の端くれだ。

 生半可な気持ちで言っているのなら、幾らミトであっても断らせてもらう。


 そんな俺の意図を察したのか、ミトも真剣な面持ちで問いに答えた。


「当然です。私は本気で剣術を修めたいと思っています」

「なんでだ?」

「私はまだ、死ぬわけにはいかないからです。それに……」


 ミトは顔を曇らせ、突然歩き出す。

 そして地下室の机に置かれた六十キロのハンドグリップを握ると——



 ——バキッ!!

 


 一瞬にして金属部分が砕け散る。彼女が手を開くと、持ち手も粘土みたいに綺麗に手の形へと陥没していた。ご、ゴリラ? 君はゴリラか何かかな?

 俺はおおよそ人間業とは思えぬ所業に唖然とするも、ミトはまるで分かっていたと言わんばかりにため息を吐いた。


「この、人間を逸脱した身体能力を制御するためにも……私は剣司様の剣術を修めたいのです」


 うん、よく分かった。絶対俺の師事が必要だわ。


 このままだと、寝ぼけて家の色んな物を破壊し尽くしかねない。なんなら少し気を抜いただけで大半の物がぶっ壊れそう。

 

 俺は高い家具や家電がぶっ壊れる想像をしてブルッと身体を震わせる。

 というか、多分……いや十中八九、俺は彼女の護衛じゃなくて力の制御を教える兼ストッパー役として選ばれたよな。完全に面倒事押し付けられたよな。これが新人いびりですか? 最近の若者らしく退職代行でやめてやろうかコラ。


「剣司様、いかがでしょうか……?」

「よし分かったやろう。今直ぐやろう。何がなんでもやろう」

「っ! ありがとうございます」

「いいよ全然いいよマジで。そんなことより早く始めようか!」


 俺は悩むことなく彼女に剣術を教えることを決めた。



 ——主に我が家の物達のために!!











 ——俺の懐事情で教えることになったが……さて、何からしよう。


 生憎、俺は師匠のように人に剣術を教えたことがない。更に言うなら、千年経ってどのように教わっていたのかも朧気ときた。

 しかも彼女が剣術に向いているのか、はたまた、剣術の才能がまるっきりないのかすらも分からないのである。


 ——ということで、質問から始めることにした。


「ミト、その力って鬼人化と何か関係があるのか? もしあるなら、どういった力なのかも説明してくれるとマジで助かる」

「そうですね……。慧一郎様がおっしゃるには、『剣司が元凶部分だけを的確に斬り捨てたからか知らねぇが……体内に残った純粋な鬼の力を肉体が取り込み、その力に身体が適応した結果……肉体全てが遥かに強靭となった』——とのことでした」


 なるほど……つまりは俺のせいか。それにしても、ミトがけいちゃん先輩の口調を真似してるって考えたらちょっと面白いよな。しかも似せようとしてんのがなおさら面白いんだわ。ただそれ以上に言葉遣いが荒いミトが可愛い——マッチポンプじゃねぇか!!


 長い長い現実逃避の末、自業自得であることに気付いた俺。しかも自ら首を突っ込んだんだから言い訳も擁護も出来ない。 

 どうやらさっきまでの言葉は訂正しなければならないみたいだ。


 彼女を普通に生活できるようにするのは——俺の義務でした。


「おーけーおーけー、全部理解した」

「? では、何から始めるのですか?」


 そう言うミトは若干ではあるが、ワクワクしているご様子。分かるよ、俺も初めて剣をを握った時はワクワクが止まらなかったもんね。その後の修行の辛さで感情ジェットコースターを味わったけど。


 俺は少しの感傷に浸りつつ、トコトコ歩いて彼女から十歩ほど離れた所で立ち止まる。

 そして、キョトンとするミトに告げた。




「——さぁ、かかってこい」




 俺が愉快げに口元を歪ませれば……一転して、ぼーっとした瞳を大きく見開かせた。心做しか身体が震えている気がする。


「い、今から戦うのですか……?」

「ん。教えるにしても、まずはミトの身体能力を知っておきたいからな」


 ついでに俺への恐怖心も和らげてくれると助かる。何もしてないのに泣かれるのって結構心に来るんだよね。寧ろこっちが泣いちゃいそうだ。あまり俺の飴細工メンタルを舐めないでもらいたい。


「大丈夫、木刀は使わんし攻撃もしねーよ」

「…………そ、そういうことでしたら……」


 剣を使わないと聞いた途端、露骨に安堵の表情を浮かべるミト。確かに安心させるために言ったけど……ちょっと効果覿面すぎないか。そんなに怖いかな、俺……。

 なんて俺の疑問を証明するかの如く、彼女は不格好ながら拳を構える。



 ——彼女の纏う雰囲気が変わる。



 存在感というか、気配が数段大きくなった。俺を睥睨する双眸は鋭く冷たかった。

 あの時の鬼人化状態には劣るものの……それに迫るほどの気配だ。力を身体が吸収したというのは本当らしい。

 

「合図はどうなさるのですか?」


 言葉に躊躇いがなくなったミトが口を開く。

 完全に戦闘態勢に入っている。全くの素人であるはずなのに。


 これは……相当な才能の持ち主かもしれねーぞ。それこそ俺と同等かそれ以上——。


「………………フッ……」

「? 何か可笑しいことでもありましたか?」

「なんでもない。気にしないでくれ」


 肩を竦め、フリフリ手を振る。

 

 いけない、つい高ぶりが表に出てしまった。

 これはあくまでミトの能力を確かめるための模擬戦。俺の欲望は二の次だ。

 

 そう自分に言い聞かせ、言葉を続ける。


「んーそうだなー……ま、ミトの好きなタイミングでいいよ」

「ありがとうございます。では——いきます」


 瞬間——『ダンッッ!!』と床を蹴る音が地下室に響き渡る。

 彼女の身体は一気に加速、棒立ちの俺に迫る。その速度は師匠を超えていた。


「はっ!!」


 ——バシッ!!


 ミトが俺の顔面目掛けて拳を振り抜く。おい容赦なさすぎないか。流石の俺も友達の顔面を思いっ切りぶん殴ったりできないぞ。

 躊躇という言葉を知らなそうな彼女の姿に戦慄しつつ、試しにパンチを受け止めてみる——と同時に納得した。


「あーね。確かにこんな身体能力を二日三日で制御できるわけねーわ」

 

 得心顔で俺はパンチを受け止めた右手を見遣る。

 軽度ではあるが、ビリビリと手のひらが麻痺していた。痛い。

 

 ——千年間の修行によって、リミットを解除せずとも俺の身体能力を以てしても、だ。


 どうやらこの人体実験をしていた奴は、とんでもないド屑であると同時にとんでもない天才らしい。ほんと、救いようのないクズであるのが勿体ないほどに。

 

「そりゃあ異能捜査課も躍起になって対処に当たるよなぁ……俺でも差し押さえは慎重になるね」


 受け止めるスタイルから回避スタイルに切り替えた俺は、鋭く風を切り裂くパンチの嵐を一つとして掠ることなく躱す。だって痛いのは嫌いなんだもん。


「はっ、ふっ、やぁっ!!」


 対するミトは、裂帛の声を共に果敢に攻め立てていた。声が出るのは本気を出すことに慣れていない弊害だろう。

 俺だっていきなりこんなバケモンフィジカル手に入れたら持て余す。多分師匠だとしても一週間は変化に慣れないと思う。

 

「ぜ、全然当たりません……!!」

「当たり前だって。幾ら実践経験皆無の俺でも流石にど素人のパンチには当たんねーよ」


 確かに彼女の身体能力は素晴らしい。

 素のフィジカルは、俺に肉薄するほどだ。


 だが、如何せん初心者すぎる。行動一つ一つに無駄が多く、折角の優れた身体能力を一切使い熟せていなかった。

 もちろんそんじゃそこらのチンピラやヤクザならワンパンできるだろうが……ミトにフィジカル面で大きく劣っている師匠でも余裕を持って勝てるだろう。


 ……あれ? 師匠凄すぎない? 師匠って本当に一般人なの?

 

 なんて素で一般人を超越しているであろう師匠に尊敬の意を覚えると共に——彼女の振るわれる直前の拳を掴む。


「なっ……!?」

「そう驚くことじゃねーって。ミトなら数年以内に出来るようになる」

 

 模擬戦は終わりだ、と付け足して拳を離す。

 時間にして三分ほど。本来はもう少し観察していたかったが……まぁ十分だろう。

 

「うん、やっぱその身体能力に振り回されてんな。あとシンプルに素人すぎて動きが単調で無駄が多い。視線でどこを打とうとしてるのかもバレバレだしな」

「……っ、そ、そう、ですか……っ」


 その証拠に、一切息切れをしていない俺に対して、ミトは酷く疲れた様子で荒い息を頻りに吐いては苦しげに喘いでいた。……なんか、美女が喘いでいるって、字面も聞こえも卑猥だよな。お昼から頭真っピンクでごめんなさい。


「——剣司様」

「ひゃい!!」

「? どうかされましたか?」

「な、ななななんでもないよ! うん、ほんとなんでもない!」


 言えない。ミトは真面目だったのに頭が真っピンクだったなんて言えない。


「ま、まぁ適当に休んでてくれ。その間に考えるからさ」

「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 そう言ってトコトコと椅子のある方に歩いていくミトの背を目で追いつつ、俺は意識を切り替えて、彼女に課すメニューを考えるのだった。

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