第13話 剣司は動揺する

「——暇だなぁー」


 ベッドに寝転がり、天井のシミを数えながら呟く。まぁ天井のシミなんて一つもないけどね。それをしようとするくらい暇ってことだ。


 けいちゃん先輩が便宜を図ってくれた物件は、それはもういいお部屋だった。

 高層マンションとかではなく——一軒家。


 うん、独り暮らしに一軒家。おたくらどうなってんのかな?? 


 とはいえ、折角選んでもらった上に俺自身が気に入ったので、即購入。

 値段は伏せるが……払うのは総額の半分でいいと言われたにも拘らず、お医者さんもビックリな超高給取りである異能捜査課でも、数年間は給料の半分を天引きされるレベルだった。まぁ軽く目ん玉飛んでったよね。


 …………。


「……うん、これ以上は考えないようにしよ。もっと別の…………って、そういえばミトもけいちゃん先輩も何してんだろーなー」


 ミトと話し合ってから、今日で既に三日だが、当然けいちゃん先輩を含め、異能捜査課からの音沙汰はない。よってスマホのないミトの様子も分からず、いつ研究所に強襲するのかも不明だ。

 組織は色々な都合によって動き出しが遅いというのは本当らしかった。


 なので、新人の俺は暇という素晴らしく平穏な生活を送っている。

 昨日辺り、一瞬単身で乗り込もうか迷ったが……流石にやめておいた。得体が知れなさ過ぎるし、ミスしたらけいちゃん先輩達に迷惑が掛かる。

 

 何より——俺がミスってミトの大切な人を危険な目に遭わせてしまうリスクを考えれば、一人で動く選択肢はなかった。


「……そうだな、随分と入り込んでるって自覚してる」


 首を突っ込みすぎると痛い目を見るぞ、というベッド横の机に置かれた相棒——村正の忠告に思わず渋い顔をする。相棒が自らの欲求より俺の身を優先してくれていることが手に取るように分かるが故に、中々に耳が痛かった。


 もちろん、自分でも分かってはいるのだ。

 彼女と関わって碌なことはないだろうことくらい。


 だが……どうも彼女の姿が昔の俺と重なって、他人事とは思えない。

 彼女と関わることを諦めたら、目を背けたら、距離を取ったら、過去の自分を裏切っているような気持ちになる——。


 そこで気が付いた。

 今、自分が何を思い、何を考え、何を目指して動いているのかを。




「……ははっ、良かった……、俺は——まだ人間だ……っ!!」

 



 俺は、安堵する。

 心の底から安心した。


 まだ俺には——自分の欲求があったから。


 斬りたい、という生存本能に由来する欲求ではなく。



 過去の惨めな自分を少しでも救いたい——そんな醜くて汚く、人間らしい欲求が。



「相棒、ありがとな……。お陰で、やっと落ち着けそうだよ」


 俺は相棒に微笑みかける。

 ああ、ちゃんと笑えている。笑っていて、違和感がない。


 それも全て、この数百年の間、ずっと縛られていた不安から解放されたお陰だろう。


「——よし! 修練するかぁー!」


 まぁ毎日やってるけど! なんなら最低でも一日の四分の一はしているけど! 


 俺はバッとベッドから飛び起き、音もなく床に着地。

 慣れた手つきでパジャマから修練用の道着(村正流のモノ)に着替える。


 ——が、俺と同じようにテンションが上がっているモノがいた。


「いや、相棒は使わないよ? 鞘から抜いたらけいちゃん先輩に殺されちゃうからね? この家払う金なくて借金まみれに成っちゃうからね?」


 そう、相棒である。

 さっきからカタカタと机の身体を震わせて主張を繰り返しているが……残念ながら聞き届けてやることはできない。


 なんつーか……異能捜査課に入る時に『許可なく抜いたら減給だ』って脅されちゃったんだよね。あの時のけいちゃん先輩の顔、結構怖かったなぁ……。


 なんて思い出して軽く身震いしていると。




 ——ピーンポーン。




 我が家のインターホンが産声を上げる。

 記念すべき第一号さんのご来場だった。


 でも誰だろ? けいちゃん先輩とかならラインで予め連絡くれるだろうし……何も頼んだ覚えないし……。


 心当たりがなく首を傾げつつも、無視するのも憚れるので、足早に玄関に向かう。

 そういえばインターホンの画面見ればよかったじゃん、と己のポンコツ具合に呆れながら扉を開ける——







「——三日ぶりですね、剣司様」






 ………………は?


 俺は玄関前に立つ銀髪赤眼の美女——ミトの姿に言葉を失う。


 え、あ、な、なん……、いやなんでいるの!? 


 混乱する思考を他所に、視界は情報を取り込んでいく。

 ミトは前回の病衣姿ではなく、ニットにカーゴパンツというシンプルなコーデだったが、逆にそれが彼女の突出した美貌を補強している。アイドルなんかになったら容姿だけでトップまで行きそうだな——ってそうじゃねぇ!


「み、ミト……!? な、なんでここに……つーかなんで俺の家知ってんの!?」

「それはもちろん、ここが私の家でもあるからですよ?」

「ちょっと何言ってるか分からない」


 いやほんと、君は一体何を言っているのかな??


 俺が真顔で言うと、ぽやーっとした瞳で俺を見つめていたミトがコテンと首を傾げた。


「おかしいですね……慧一郎様からお聞きになられませんでしたか? ——支払いは半分でいい、という旨を」


 ……言われた。しっかり言われてるわ。

 

「ま、まさか、ミトも住むから半額だったってことか……?」

「その通りです。私も異能捜査課に入ることになりましたので、剣司様同様、給料から天引きされます」


 ミトの口から淡々と語られる情報に頭が痛くなる。

 だが、その一方で非常に合理的だということも理解していた。


 自慢ではないが、俺は強い。

 何せ天才の俺が千年修行したのだ。最強とは言わずとも、この世界の最高峰レベルなのは間違いない。


 それに引き換えミトは、鬼人化をしただけの謂わば一般人。鬼人状態でさえ、異能捜査課二人で対処出来ると判断されるレベルの強さでしかない。

 オマケに今は俺が斬ったせいで鬼人化も出来ないだろうし、強さは本当に一般人レベルだと考えた方がいい。


 にも拘らず——謎の組織から命を狙われる危険性があるときた。


 ……なるほどな、大体読めてきたぞ。


 要は、規格外の強さを持つ俺に彼女の護衛をして欲しいわけだ。

 異能捜査課からしても、ミトは貴重で重要な被害者兼協力者だから。


 それでも異性と同棲はどうかと思うけどなぁ!? 


「……ミトは、嫌じゃないのか?」


 恐る恐る尋ねるぎこちない俺の姿に、ミトはキョトンとする。


「? 何がですか?」

「いや、俺達は異性だぜ? しかもミトは俺のことが怖いんだろ? そんな奴と同棲なんか……」

「私は気にしていません。寧ろ……」


 そこで言葉を区切り、ミトがジーッと俺の瞳を覗き込んでくる。

 向けられた吸い込まれそうな澄んだ紅い瞳は、まるで俺に何かを訴えかけているようだった。


「……む、寧ろ、なんだ?」

「……いえ、なんでもありません。ただ、私は一切気にしていない、と分かっていただければそれでいいのです」


 だから剣司様も気にしないでください、と宣うミト。

 俺はそんな彼女の様子に呆気に取られるも……ガシガシと頭をかいて息を吐いた。


「……ま、ミトがいいなら俺も文句はねーよ。どうせ俺一人じゃ広すぎて持て余すだろうしな」

「ありがとうございます。それと——」


 




「——これからよろしくお願いしますね、剣司様」






 ミトは少し嬉しそうに、それでいて若干の照れくささも内包させた——儚くも温かな微笑みを浮かべるのだった。


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