第12話 剣司は笑みを浮かべる
「私達は物心付いた時から児童保護施設で過ごしていました。ただ、最初は他の所と変わらない、普通の施設でした。ですが——私が大学二年生の頃、私がお世話になっていた施設の施設長が変わったのです」
その頃には既に独り暮らしだったのですが、と言いつつ、ミトは過去を思い起こすように話を続ける。
「そして家に手紙が届きました。内容は『出来れば挨拶をしたい』というもので、差出人は新施設長です。当然訝しげに思ったのですが、私の最も大切な人の考えを尊重して、施設長に会いに行ったんです」
「……それで、実験に巻き込まれた」
俺の呟きに首肯する。
「そこからは、地獄の日々です。詳細をお聞きになりますか?」
「……いや、いい。聞いたところで俺が掛けられる言葉なんかたかが知れてるし、ミトだって話したくないだろ」
彼女と出会ってまだ数十分だが、きっと彼女は同情を求めているわけではない。なら、俺が聞く必要など皆無だ。
「……、そうですか」
ミトが意外そうな顔をする。なんでそんな顔するの? 彼女の中で俺はデリカシーの欠片もない人間だと思われてる?
些か遺憾ではあるものの取り敢えず聞き流して、一つ質問をしてみる。
「ミト、さっきから気になってたんだけどさ……『私達』とか『私の最も大切な人』とかって誰のことなんだ?」
「そうですね……実の妹みたいな子、ですかね」
なるほど。血は繋がってないけど、妹みたいに思ってるってことか。施設の中で出会ったのかね。
「……因みに、その子は……」
「生きています。ただ、囚われていますが……」
彼女が悲しげな表情をする。
文脈から察するに、まだその妹みたいな子は施設いるのだろう。そしてミトはその子の身を案じている……か。
「……俺が、助け出してやるよ」
気付けば、そんな言葉が口を衝いて出ていた。——と同時に驚く。
——自分が他人のことに首を突っ込もうとしている事実に。
そして俺が驚いているのだから、当然ミトも驚いている。
表情こそ変わらないものの、俺に問いかける声色には驚きが籠もっていた。
「……剣司様が、ですか? なぜです? 剣司様がそこまでなさる必要は……」
「いやまぁそうなんだけどさ……」
俺はガシガシ頭をかいて苦笑を零す。
そうだ、俺は柄にもなく彼女に親近感が湧いている。彼女に過去の自分を重ね合わせているのだ。
だって俺とミトは、どこか似ているから。
だからこそ分かる。
彼女がもしも大切な人を亡くしたら……きっと俺のようになってしまうことが。
俺の歩む道は茨の道。
自分で選択したから不満こそないが……俺だって人間だ。肉体やら技術は人間離れしているが、精神面はそうはいかない。苦しいものは苦しいし、疲れるものは疲れるのだ。
彼女には——そんな道は歩んで欲しくない。
「ほら、ミトとは友達になりたいしさ。友達が困ってたら助けてあげたいって思うのは普通だろ? それに、やっぱ友達って持ちつ持たれつじゃん? ……ま、まぁつまりあれだよ、ただのエゴってやつだな」
言ってる内に恥ずかしくなって顔を背ける。ガキみたいに顔が熱くなっているのを自覚して内心苦笑を浮かべた。
そんな俺をぼーっと見つめていたミトは、溢れるようにはにかんだ。
「——やっぱり、剣司様は変な人ですね」
「…………」
病院を出れば、少し冷たい夜風が俺を出迎える。風は伸びた髪を弄び、体温を奪って吹き去っていく。
体温を掻っ攫われた俺は、ブルッと身体を振るわせる。まだ三月だからか、夜は肌寒かった。
「もうちょい厚着すればよかったなぁ……」
まさか数時間くらい話すプラス、計画の立案に更に数時間掛かるとは思わなんだ。
つーか厚着より、この向かい風なせいで目がシパシパするのをどうにかしたい。アレだ、イヤーカフのお目々版とかないの? ……それがゴーグルか。でもあれ視界悪いし、何よりすんごくダサいよなぁ……。ちょっと恥ずかしい。
誰かカッコいいの開発してくれ、とZ世代らしい他力本願っぷりを発揮しつつ、行きとは違ってゆっくり歩きながら帰路に着く。
「それにしても、けいちゃん先輩って見た目に反してシゴデキだよなぁ……お願いしてたのしっかり完遂してたしさ。春波さんが惚れるのもなんか分かるわ」
因みにけいちゃん先輩に頼んでいたことは二つ。
一つは独り暮らしのために便宜を図ってもらうことだが……それはもう用意されていた。さっき鍵を貰ったので間違いない。
二つ目は……まぁちょっと法律に反するかもしれんことだ。でもしっかり完遂してくれた。異能捜査課にとってはこのくらい日常茶飯事らしい。怖い。
つーか、異能捜査課ってなんなんだ。違法行為が日常茶飯事とかフィクションの中だけだと思ってたよ。いやまぁ異能とかの方がよっぽどフィクションだけどさ。
「事実は小説より奇なり、ってやつかね。うお、実際に言うとか思わなかったぜ。ちょと興奮するな」
口元を緩めながらポッケに手を入れ、歓楽街に満ちた楽しげな喧騒と行き交う車の無機質な騒音に懐かしく感じつつ耳を傾ける。
「ねぇ早く行こ!」
「全く……相変わらずテンション高いわね……。高校生なんだから良い加減落ち着きなさいよ」
少し離れたところで、背の同じくらいの親子が仲良く話している。
母の方が呆れ顔、娘の方は興奮冷めやらないといった様子だ。
「そんなの無理に決まってるじゃん! なんてたって——今日は回らない寿司なんだから! お腹いっぱい食うぞーっ!」
「その分母さんの財布は空くけどね」
「それはいつものことじゃん」
「貧乏って言いたいの? じゃあお小遣い減らすわね」
「やめて!?」
そんな軽口の応酬の後に、お互いに噴き出すように笑い合う。
日常というに相応しい、ありふれていて何気なく、でも誰かにとっては大切で特別な一部分。
「……ははっ、高校生にとっての減給は痛手だよなぁ」
俺は温かな光景を前に小さく笑みを浮かべ——背を向けて歩みを勧めた。
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