第10話 鬼だった女性
「——ついに初任務か……! オラわくわくすっぞ!」
合格から三日、遂にこの時がやって来た。
今の俺は、某七つの龍玉を集める漫画の主人公のセリフが飛び出るほどテンションが上がっていた。テンションが上がりすぎていると言ってもいい。
呼び出されたのはつい数十分前。けいちゃん先輩からラインで『初任務があるから来い』と言われて飛んできたのだ。
その時はテンションが今よりおかしかった。電車を使ったら一時間は余裕で掛かるからと、全速力で走ってきたのである。多分高速の自動車くらい速度出てた。
……車を追い抜かすの、ちょっと楽しかったな……。F1レーサーの気持ちが分かった気がするね。……まぁそのせいでもっとテンション上がっちゃったんだけどさ。
「でも、依頼ってなんなんだろ」
一応ラインで聞いてはみたが、うまい具合にはぐらかされてしまった。
きっと春波さんのことも同じようにあしらっっているんだろう。可哀想な春波さん。期待の顔でスマホの画面を注視した後、目当ての返事が貰えず落ち込む春波さんが容易に想像できる。
南無三、と心の中で彼女に合掌しつつ雑居ビルに入る。
相変わらず近未来的なオフィスが広がっている。さらにテンション上がってきた。
「つーかここに入ったのに蚊帳の外感えぐいな」
…………。
ま、まぁ? 俺は? あくまで現場担当だし? 現場担当だから事務の人達と関わりがないだけだし? べ、別にコミュ障なわけじゃないんだからね!
「け、けいちゃんせんぱーい? は、春波さーん?」
俺が人探しのくせに小声で呼び掛ける無様な姿を晒していると。
「——あ、剣司君! こっちこっち!」
ニコニコ顔の春波さんが手を振っている。まるで前回の焼き直しを見ているようだ。……つまり前回から一切成長してないってことか……。
ズーンと落ち込む俺ではあるが、気を取り直して彼女に駆け寄る。
「お、おはようございます、春波さん。今日も可愛いですね」
「おはよ——って会ったら毎回それ言う気!?」
もちろん。
至って真面目な顔で頷く俺の姿に、春波さんは羞恥やら照れで赤くなった顔を手でパタパタ扇ぐ。初心で可愛いですね、ポイント高いと思います。
「ところで春波さん、けいちゃん先輩は?」
「いるよ。外の車で待ってる」
「へ?」
来たばっかなのにもう出るの? 早くない? てかどこ行くの?
「それじゃ行こっか。——病院に」
次から次へと疑問符を浮かべる俺を面白そうに見ていた春波さんがそう言ったのだった。
「——俺、初任務って聞いてめっちゃ楽しみにしてたんですけど。柄にもなくテンション上がってイキイキと車と競り合ってきたんですけど」
「普通、人間は車と勝負にならねぇんだよ」
病院に着いて車から降りて文句を垂れれば、呆れたような表情をしたけいちゃん先輩がめんどくさそうに頭をかいた。
そして歩みを進めながら話し始めた。
「……実はな、お前が助けた被害者の女が起きたんだ」
「へぇ……それは良かったっすね。それが何か?」
おざなりな返事をする。だってイマイチピンときていないんだもん。
対してけいちゃん先輩は難しい顔で唸った。
「ああ。俺ら異能捜査課としては研究所やら首謀者辺りの関係やら色々と話を聞きたいんだが……」
「だが?」
彼はガシガシと後頭部をかいて言った。
「——『私を助けてくれた方以外誰にも話しません』つって黙秘してんだ」
……なんだそれ。いやまぁ……人体実験を受けていたから警戒心が強いのも無理はない、のか?
「でも、それなら別の人に聞けばいいじゃないですか。他にも鬼にされた人はいるんでしょう?」
「無理だな。——その女が、被害者の中で唯一意識がある患者なんだよ。お前の神業のおかげかもしれねぇな」
だから俺が駆り出されたってわけね。
異能捜査課は、市民の安全もそうだが……メンツのためにも、この『連続人体改造事件』を早急に解決させたいのだろう。もう何件も発生しているみたいだし。
そして俺が助けた女性こそ、事件解決に繋がる唯一の糸口なのだ。新人の俺が駆り出されるのは当然と言えた。
——と、状況も理由も理解した。理解はしたが……この不完全燃焼なテンションはどうすればいいのだろう。
「……今度、手合わせしてくださいね」
「それくらいお安い御用ってヤツだ。俺も戦ってみてぇしな」
……仕方ない。今回はけいちゃん先輩のメンツを立てるとしよう。
一瞬にして怒りが萎み、今後が楽しみになる。
我ながら単純だな、と苦笑交じりに息を吐きつつ二人に合わせて足を止める。
「ここですか?」
「ああ。……それと、新人のお前には荷が重いかもしれねぇが……剣司、この事件の解決はお前にかかっている。頼んだぞ」
「頼んだよ、剣司君!」
真剣な目で俺を見るけいちゃん先輩とサムズアップする春波さん。
どうやら二人は入らないらしい。被害者への配慮……と思いたいが、どうせ話を引き出すための最善を優先させただけなんだろう。
如何にも組織って感じだ。やっぱ就職したくねぇー……ってここが就職先でした。
「……よし」
俺は意識を切り替えるように小さく息を吐き、扉をノックする。
直ぐに返事はない。——が、少し間が空いて中から返事が聞こえた。
「——誰ですか?」
澄んだ声だった。
天然水みたいな綺麗で透き通った声。睡眠導入の音みたいに聞いていて心地良く、落ち着くような声。とてもあの醜い咆哮を上げていた鬼と同一人物とは思えない。
「一応君を助けた人間です」
「……っ、……どうぞ、入ってください」
俺の言葉に息を呑むような音が聞こえたかと思えば、若干上擦った声で許可を出してくれる。
もう一度ゴクリと生唾を飲み、俺は扉をスライドさせた。
そして——目を見開く。
個室のベッドには——銀髪赤眼の美女が座っていた。
さっきも思ったが、とても鬼だった人間とは思えなかった。
今の彼女は鬼の時の厳つさなど微塵もない。寧ろ今にも消えて無くなりそうな儚さを身に纏っていた。
「……えーっと、身体は大丈夫ですか? 一応第二の心臓だけ斬ったはずなんですけど……どこかおかしいところありませか?」
「…………」
問い掛けてみるも、彼女は眠たそうな瞳で俺を見つめたまま何も言わない。
ただジーッと俺を見つめているのだ。意図は読み取れず、初対面というのも相まって……俺も口を噤み、見つめ返すことしかできない——っ!?
俺は驚きに目を見開く。
なぜなら——突然彼女が涙を流し始めたからだ。
え、な、なんで? 俺何もしてないよ!? 断じて、女性を泣かすような真似はしてないよ!?
あいにく泣いた女性を泣き止ませる術などありはしない俺は、内心では抑えきれないほどのテンパりを見せる。
しかし彼女はそんな俺の様子など気にした素振りもなく、ただツーッと涙を流しながら言うのだった。
「——心より、お待ちしてました……剣士様」
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