第5話 剣士は提案する
「けいちゃん先輩、終わりました」
「…………今、何をした……?」
俺が軽く手を挙げて言えば、表情を固くしたけいちゃん先輩が問い掛けてくる。そんな怖い顔しなくてもいいのに。
「何って……斬っただけですよ。大丈夫、彼は無事ですし第二の心臓も斬りました」
「……とんでもねぇな、お前……」
「ふふんっ、凄いでしょう? ここまでになるのにめちゃくちゃ努力したんすよ」
ドヤ顔ののち苦笑して肩を竦めると、けいちゃん先輩は呆れやら驚愕やらの孕んだ視線を向けながらも、同じように苦笑いを返してくる。
……これは、比較的良い初対面ではないだろうか。
お陰で千年もの間一切人間と話してなかったが故に発生したコミュ力低下の不安も薄れた。先輩様々である。
そんな穏やかな空気が流れる中。
「——ってええええええええっっ!? なんか私が知らない間に全部終わってるんですけどぉ!?」
突如、石像みたく固まっていた春波さんが素っ頓狂な声を上げた。あんぐりと目を見開き、口をパクパクしている。
その姿は……うん、やっぱりウチの妹に似ているなと思いました、まる。
良かったなぁ百合……お前はまだまだ許される年齢らしいぞ。お兄ちゃんも一安心だよ。
なんて安堵する俺を他所に、依然としてワタワタした春波さんはけいちゃん先輩に詰め寄る。
「せ、せせせ先輩っ! ほんとに何がどうなってこうなったんですか!? 私にも教えてくださいよぉーっ!」
「マジでうるせぇなお前……。喚かなくてもちゃんと説明してやっから、先に被害者の身体を隠してやれ。……俺達がやるのは、な」
同調を求めるようにこちらに目を遣りポリポリ頬をかく。
対して俺は、意図が一切分からず首を傾げた——はっ!? ま、まさか……!!
点と点が繋がったとは正しくこのことだ。
これ、名推理です。素晴らしく頭が冴えてるじゃないか俺。
まぁつまり——あの鬼は女性なのでは、ということである。
もちろんそこに行き着いた理由もある。
正直言って春波さんはポンコツだ。初対面の俺でさえ殆どのことはけいちゃん先輩がやった方が遥かに良いと分かるレベルで。
でも、けいちゃん先輩は春波さんにしか出来ないと言った。俺達に出来なくて春波さんに出来る理由なんて、はっきり言ってそれくらいしかない。
……なら名推理でもなんでもないな。
冷静になった俺は、探偵気分で語った迷推理を忘れることにした。
心底しょーもない見解など頭の片隅に追いやるに限る。
その代わりと言ってはなんだが……。
「……けいちゃん先輩」
「なんだ?」
「俺、今物凄く振り向きたい衝動に駆られてます。どうすればいいっすか」
「いっちょまえに思春期拗らせてんじゃねぇよ」
失礼な、俺は今も思春期です。(by二十歳)
「へ、へー……ちゃんと人間なんだ、そうなんだ……。……因みに地球以外に生命体って存在する?」
「凄い、最初とおんなじ質問だ」
十分近くの力説も虚しく、俺がただの一般人であることを微塵も信じてくれない春波さんにガックリと肩を落とす。この人もう十分毎に記憶消えてるだろ。
気分は大きな教室で教鞭を振るう大学の講師。大学の講師ってこんな気持ちを毎回味わってんのか……ちゃんと聞いてあげよう。
「いやいや……寧ろ剣司君の説明で納得できると思う?」
俺の説明に不満でもあったのか、春波さんがジト目を向けてくる。
「『あの鳥居を潜ったら異界で、そこで千年修行して戻ってきたただの一般人です。ここに来たのも声が聞こえたからです』って……正直意味不明だからね?」
「はぁ……じゃあどこが分からないんですか?」
こちらがめんどくささを隠すことなく尋ねれば。
「——君のどこが一般人なのか、教えてもらってもいいかなぁ!?」
眉を吊り上げた春波さんにキレ気味に返された。
心做しか口元もヒクヒク痙攣しているように見える。
こ、これはマズい。キレる一歩手前じゃん。
「は、春波さ——」
「というか逆に聞くけど、一般人のどこに鬼人を倒せる一般人がいるのかなぁ? 異能者ですら死者が出るんだよ? そんな相手を無傷で! 一瞬で! なんなら鬼人に外傷も内傷も負わせずに『鬼の種子』だけ斬るとかいう神業が出来るのか、是非ともお姉さんに教えてほしいなぁ!!」
前言撤回。もう既にキレてらっしゃる。プッツンしてた。本物の鬼より鬼だよ。
春波さんに鬼気迫る憤怒の表情を向けられた俺は恐怖に顔を引き攣らせ、後退りながら言い繕う。
「そ、そうは言ってもですね……? 異界で修行したと言っても春波さんみたいに異能とか使えないですし、学歴とか職種とか戸籍とか、分類的には一般市民で間違ってないはずなんですけど——」
「それならどうして一切怪我を負わせることなく身体の中の種子を斬れるのよ!!」
「だからそれも必死に修行をしたからで……!!」
そう言ってはみるものの……春波さんの怒りは収まりそうにない。
寧ろ俺が何か言う度に怒りが増しそう。まさに火に油を注ぐってヤツだ。
つまり、俺が視線だけでこの場のもう一人の人間——けいちゃん先輩に助けを求めるのは当然の流れだった。
俺のSOSに気付いたらしいけいちゃん先輩がめんどくさそうな顔をする。おい。
ただ、仕方ないとばかりにガシガシと頭をかいて口を開いた。
「はぁ……おい春波、そこら辺にしとけ」
「で、ですが——」
「コイツのお陰で俺達も被害者も無傷で済んだ。それでいいじゃねぇか。そもそも——」
スッとけいちゃん先輩の目が細められる。
大の大人でも震え上がるほどの鋭い眼光が春波さんに突き刺さった。
「——お前の異能が見破られることに落ち度があるんじゃねぇのか? もちろんお前の異能を過信していた俺にも落ち度はある。だが……お前の異能が完璧ならきっとコイツもここに来なかったはずだ。それを棚に上げるだけでなく、あろうことか最善を尽くしてくれた彼にキレるなんざ——あっていいはずがねぇよなぁ?」
「うっ……そ、それは……」
春波さんは、図星だと言わんばかりの苦々しい表情で言葉を詰まらせると。
「す、すみませんでした……私が怒るなんてお門違いでした……」
シュンとした様子で頭を下げてくる。
その姿は母さんに怒られた時の百合に似ていて……懐かしさが込み上げてきた。
だからだろうか。
不思議なことに、一片たりとも怒りが湧いてこない。
寧ろ俺が好奇心でここにやって来てしまったことに罪悪感を覚えた。
「……別に謝る必要なんてないですよ。俺の方こそ、面倒な事態にさせてしまってすいませんでした」
「それはこっちのセリフだ。俺達が不甲斐ないばかりに巻き込んじまった。おまけに解決までしてもらって……ハッ、大人の立つ瀬がないな」
なんて自嘲するけいちゃん先輩に、俺はどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
「「「…………」」」
突如として沈黙の帷が降りる。
シンと静まり返る世界は、さながら異界にいるかのような印象を与える。
…………き、気まずい。なんで誰も話さないんだよ……。
因みに俺はこういう沈黙が一番嫌いである。
誰か早く話を切り出してくれないかな、と思うものの……二人が一向に話そうとしないので、仕方なく俺が話題を上げることにした。
「……あ、あー、というか……『異能捜査課』って本当にあるんですね。しかも結構の人数だったし。勝手なイメージですけど、てっきり十人程度の少数精鋭系だと思ってましたよ」
俺は先程まで後始末をしていた大勢のスーツ姿の大人達を思い出す。
スーツ姿の大人達と言えば、例の鬼にされた女性も彼らに連れて行かれてた。チラッと寝顔みたけどめっちゃ可愛かった。
そんな俺の話題にけいちゃん先輩が食い付いてくれる。
「……まぁウチは仕事柄、危険と被害が多い。おまけに一般市民に悟られねぇように隠蔽までやるとなると、どうしても人員がいるっつーわけだ」
「それは……大変そうですね」
「あぁ、大変だ。その分給料は他の公務員とは比べ物になんねぇ額になるが……割に合ってるとは言えねぇな」
「そうですねぇ……私もそれは思ってます」
結局社会人の殆どはブラックっつーわけだな、とけいちゃん先輩が絶望的なまでに夢のない真実を吐露する。……正直聞きたくなかったね、うん。
……就活、したくねぇー。
未来の不安からか、大きなため息が漏れる。
だが、生きていくには働くしかなく……。
——あ、良いこと思い付いた。
「けいちゃん先輩、一ついいですか?」
「……なんだ?」
話し掛けるとけいちゃん先輩は訝しげな目を向けてくるが、今回ばかりは我ながら名案だと思うのだ。
俺の欲求も不安も一気に解決してくれる素晴らしい案。
正直これ以上の案は何年経とうが思いつかないだろう。
考えれば考えるほど心の内から湧き上がる自信と共に、俺は二人へと言い放った。
「——俺を『異能捜査課』に入れてくれませんか?」
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