第4話 剣士に斬れぬ、モノはなし

「——待ってくれ、頼む!! どうかソイツを斬らないでくれ!!」


 唐突に背後から叫ばれた俺は、反射的に振り返る。

 その先にいたのは、一人の無精髭を生やしたぼさぼさ髪の男。スーツはくたびれており、社畜を思わせる風貌だった。


「村正剣司、俺の……俺達の話を聞いてくれ!」

「……どうして俺の名前を?」


 やっぱり罠だったか? と目を細めるも……男のあまりにも逼迫した表情を前にその考えを捨てる。


 仮に罠なら、わざわざ俺の前に姿を現さなくてもいいはずだ。

 それに彼はあの鬼の身を案じている。もしあの鬼が俺をおびき寄せるためだけの餌だったなら、こんな必死に止める理由はない。寧ろ計画の妨害をしているまである。


 なんて思考を巡らせる俺を他所に、俺の隣に辿り着いた男が荒い息を吐きながら口を開く。


「す、すまねぇ、俺達がお前の名前を知っている理由はまたあとで説明する。それよりあの鬼のことだ」


 俺は男に釣られて視線を鬼に移す。

 鬼は涎を垂らしながらも低い唸り声を鳴らしていた。警戒しているらしい。


「率直に言う。あの鬼は——元人間だ」

「っ!?」


 男の言葉に、あっちの世界にいったせいでよっぽどのことがなければ驚かないと自負していた俺も目を見開く。


「……冗談にしちゃ、洒落になんない話だな」

「あぁ、本当に洒落にならねぇ胸糞悪い事件だ。そしてあの鬼は、その事件……今俺達異能捜査課が追ってる事件の被害者っつーわけだ」

「……なるほど」


 いや何が『なるほど』だよ俺。全然理解が追いついてないんですけど? 

 そもそも人体実験ってなんだよ。人間が鬼になるってどんな原理だよ。異能捜査課って何者だよ。


 分からないことだらけで頭がパンクしそうだ。

 やっぱりこういう違和感に興味本位で動くと、碌なことにならないらしい。


 なんて後悔していると——カタカタと相棒が震える。

 まるで俺の目を覚まさせるように。

 

 ……そうだよな、今は後悔してる時じゃないよな。


 俺は一度瞼を閉じ、様々な感情を抑え込む。

 すると、自らの身体に宿る熱がサァァッと引いていく。よし、落ち着いてきた。


「……すんません、ちょっと取り乱しました」

「いや、当然だ。寧ろ取り乱さねぇ方がおかしい。俺でさえ初めて聞いた時は不快感を堪えきれなかったからな」


 ペコリと頭を下げる俺に、男が頬をかきながら苦笑を零す。

 さっきの行動といい、今のフォローといい、どうやら悪い人ではなさそうだ。


 ——それはそうと。


「そこの女性は来ないんですか?」


 俺は男の数メートル後ろに佇む、カチッとスーツを着こなした女性に声を掛ける。

 ただ、女性はあり得ないとばかりに仰天した。


「ぴゃっ!? わ、私に気付いてる!? 異能で気配を消した私に!?」

「? や、普通になんの遮蔽物もない場所に突っ立ってたら……あぁ、彼女がさっきの結界みたいなモンを作ってた人なんですか」

「そこまで!?」


 見た目こそシゴデキそうに見えるが、意外にポンコツらしい。彼も『あちゃー』と言わんばかりに顔に手を当てている。

 この人も……悪い人ではなさそう——。





「——グォオオオオオオオオオッッ!!」





 安堵する俺の耳朶を叩くように鬼(仮)が雄叫びを上げた。 

 その咆哮はビリビリと空間を揺らし、ザワザワと草木が音を奏でる。


「春波」

「分かってます! ——【私の世界マイ・ワールド】」


 ポンコツな女性、春波さんが何やら名前らしきモノを言い放ったかと思えば——再び例の結界が公園を覆うように展開された。


「おぉ……お姉さん、凄い人だったんですね」

「ふふんっ! 私はこれでも異能捜査課の期待の新じ——あいたっ!?」

「時と場合を考えろバカ」


 俺に若干の尊敬の籠もった視線を向けられドヤ顔で胸を張る春波さんだったが、男に頭を小突かれて涙目になる。ポンコツ感満載である。

 そんな春波さんを呆れを孕んだ目で眺めていた男がため息を吐く。


「全く……実力は一流なんだがな、実力は」

「他は二流だって言いたいんですか!?」

「三流だバカ」


 よっぽど酷いらしい。まるで俺の妹みた……あぁ、うん、心中お察しします。


 大変そうな男に同情の視線を向けつつ、鬼に注目を戻す。


「そういえば、あの人どうして何もしてこないんです?」

「恐らくだが……その刀だろうな。そんな代物、どこで手に入れたんだ? 俺でも感じたことねぇほどのとんでもねぇ力だぞ」

「ウチの家宝兼俺の親友兼相棒です」


 今度は俺がドヤ顔&胸を張る番だ。さぁさぁウチの村正相棒をもっと褒めて褒めて褒め称えるのだ! 


「……お前もあっち側か……」

「酷いですね、お姉さんよりマシです」

「二人共酷くないです!? 剣司君に関しては初対面ですよね!?」


 なんてギャーギャーウチの妹百合みたいに騒ぐ春波さんを他所に、男に尋ねる。


「彼は元に戻らないんですか?」

「……それを聞くと、あとには引けないぞ?」


 一転し、真剣な表情で俺を見据える男。忠告する声も本気だった。

 そんな彼の言葉に……俺は薄っすら笑みを浮かべた。




「——それで、構いません。俺は所詮——剣士ですから」




 剣士とは——平穏を望みながらも、戦いに飢える生き物なのだ。それが俺だ。

 目の前にこんな未知が、斬ったことないモノがあるというのに……見て見ぬ振り出来るほど、人間出来ちゃいない。


 まだ見ぬ敵を夢見て——ブルッと身体が疼いた。

 武者震い、というやつだ。男は俺を見て若干引いてそう……いやお姉さんが一番引いてた。ドン引きしてんじゃねーか。


 ただ、俺だって戦いたいからってだけで足を突っ込むんじゃない。


 もしも仮に家族が危険な目に遭う——そんな可能性があるのなら……見過ごすわけにはいかない。

 家族を守れるなら、俺はどんな茨の道でも前を向いて進める。




 ——もう二度と、家族を失ってたまるかよ。




「……っ、そうか。じゃあ教えるしかねぇな」

「っ、せ、先輩……っ!」


 俺の覚悟を悟ったのか、男も表情を正した。春波さんはまだ否定的だが……。


「春波、村正剣司は——自らこの道を進むと決めた。だから、お前が口を挟む資格はねぇ。大丈夫、課長に怒られるのは俺だ。お前のキャリアに傷は付かねぇよ」

「キャリアなんてどうでもいいですけど…………先輩にそんな真剣に言われたら、何も言えないじゃないですか……」


 ……俺は何を見せられてんの?


 頬を赤らめさせて男を見る春波さんと、そんな彼女の姿に首を傾げる男を前に、俺はジトーッとした目で見つめる。

 この間に分かったのは、男がクソ鈍感だってこと。……マジでどうでもいい情報だなおい。

 

「……それで、どうやったら戻るんですか?」

「っ、あ、あぁそれはだな……」


 申し訳なさそうにする男と顔を真っ赤にする春波さん。

 この二人、中々に良いコンビなのかもしれない。なんて思う俺に、真剣な表情に戻った男が説明してくれる。


「アイツの身体……心臓に埋め込まれた第二の心臓を取り除けば元に戻る。それが根を晴らして全身を冒し、肉体をバケモノに変えているっつーわけだ」


 心臓が二個あるって……命二個あるってこと? なんだそれ、羨ましすぎるだろ。いやまぁ代償がバケモノってめちゃくちゃ嫌だけどさ。

 

 ——というか、だ。


「なぁアン……えっとなんて呼べば?」

「慧一郎でいい」

「じゃあけいちゃん先輩、それって直接斬ったらマズい?」

「なんだよけいちゃん先輩って……それに、どういう意味だ? いや、その心臓が死ねば張られた根も勝手に枯れるが……」


 それならいけそうだ。


 俺は相棒を再び構える。

 当然けいちゃん先輩は驚愕に目を見開く。


「な、何をするつもりだ!? アイツは人間だって——」





「——大丈夫です、その第二の心臓だけ斬りますんで」





 それだけ告げ、身体のリミットを解除。

 

 

 ——世界は緩慢で、色鮮やかで、五月蝿くて、複雑で、動で溢れる。

 

 

 同時に気付いた。


「……へー、ほんとに心臓が二つあるんだな」


 拡張した聴覚により——この場にある五つの心臓の鼓動の内の二つが鬼の身体の中から聞こえることに。

 更に言えば、二つの内の一つの鼓動が酷く小さい。多分こっちが本来の心臓の鼓動だろう。


「んじゃ、やるか」


 俺は相棒を手に鬼になった哀れな人に向けて歩みを進める——およ?


「けいちゃん先輩、俺の動きが追えるんですね」

「異能の力で追えるだけだがな。仮に動こうとすれば全身に重しを付けられたみてぇに身体が重く感じる。話すのでやっとだ」

 

 俺的にはこの世界で普通に話せる時点でとんでもないけどな。こちとらこの世界に入るのに数百年掛かったんだぞ。異能ズルい。


 なんて嫉妬するのも程々に、鬼の目の前に立つ。

 別に離れた場所からでも斬れるっちゃあ斬れるんだが……失敗したら殺人犯になってしまうのだ。そんなの御免である。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 息を吐き、刀は上段に。


 斬るのは——第二の心臓。

 

 必要なのは——斬れると信じ、斬りたいと渇望する心のみ。





「《村正流剣術奥義:一刀両断》」





 刀を斬り下ろす。

 片刃の刃は、鬼となった人の中の第二の心臓——それのみを斬り裂く。


 斬り裂く音はならない。

 血飛沫も上がらない。

 斬られた傷跡もない。


 先程と変わらぬ姿で佇む鬼が、そこにいた。



 しかし——聞こえる鼓動は四つであった。



「……ま、中々に斬りがいがあったよ。ありがとう」


 相棒を鞘に仕舞った俺は、鬼へと感謝を述べつつ踵を返す。


 斬りたいモノを斬った今、もう彼に用はない。

 俺にとって他人なんて、所詮そんなモノだ。


 薄情な奴、と自嘲しながら己の深部にある開け放たれた扉を閉めて施錠する。

 同時——世界は元に戻り、いつも通りに活動を再開させた。少し遅れて背後から何かが崩れ落ちる音も聞こえてきたが……まぁ振り返る必要もない。


 俺は唖然とするけいちゃん先輩と困惑顔の春波さんへと歩み寄った。

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