第6話 剣士、試験を受ける
「——ここ……で合ってるよな?」
地図アプリを開いたスマホ片手に、眼前に聳える雑居ビルを見上げる。
どっからどう見ても雑居ビル。しかも両隣りの雑居ビルと外観が全く一緒ときた。
……俺、騙された? 実は『異能捜査課』とか存在しないオチ?
貰った住所を何度か地図アプリに入れて確認してみるが、やはり間違っていない。
だが、春波さんの異界化の力や、我が家に伝わる異界を守る鳥居の結界のようなファンタジーの気配はしなかった。
「おかしいなー。試験があるって言うから、てっきりファンタジーの気配がすると思ってたんだけどなぁ」
そう、俺が貰った住所は——『異能捜査課』に入るための試験を受ける会場だったのだ。
ただ、てっきり国家機関だから相当良い場所……それこそ高層ビルみたいな場所で行うと想像していたが、俺の読みは大ハズレだったらしい。
しかし逆に考えれば、世間様に正体がバレたくないが故にこのようなどこにでもある雑居ビルを本拠地として居構えているとも考えられる。
俗に言う『カモフラージュ』などと呼ばれるヤツだ。ラノベとかで出る秘密結社モノでは定番である。
……いや絶対それだわ。どう考えてもそれが理由じゃん。うわー、今日の俺も冴えてるぅー!
なんて自分のひらめきに感心しつつ、雑居ビルの中に入る。
若干年季の入った金属製の扉を押せば、ギギギッと全身がゾワッとする不快な音を鳴らしながら開き……。
「——おお、正解っぽいな」
外観と扉からは考えられぬ——新居のように綺麗で、アニメやラノベに出るような近未来的なオフィスが姿を現した。
そこではスーツ姿の大人達が忙しなく働いている。その中に昨日後始末に来ていた人も何人かいて、俺はこの場が『異能捜査課』のオフィスで間違いないと確信する。
あぁ良かったぁ……マジで騙されたかと思ったぁー!
堪らず安堵の息を吐く。無意識に伸びていた背筋も普段通りに戻った。
さっきまでは不安と緊張しかなかったが……やっと心休まりそうだ。まぁまだ試験を受けてすらいないんですけどね。
ははは、と一人乾いた笑い声を漏らす。もちろん誰一人として見向きもしない。相棒出そうかな……。
一切知り合いがいない上にいない人扱いされている現状の心細さから相棒を呼び出そうとするが……俺の視界に救世主が映る。
「剣司くーん、こっちこっち!」
救世主こと春波さんが溌剌な笑みと共にブンブン手を振ってくれる。彼女の明るい茶色のボブがぴょこぴょこ揺れていた。可愛い、好き。
荒野に咲く一輪の花みたいな春波さんの姿に癒やされながら歩み寄る。
「昨日ぶりです、春波さん。今日も変わらず可愛いですね」
「うん昨日——うえっ!?」
最初こそ普通にしていたが途中で理解が追い付いたらしく、ボフンッと顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。
どうやら春波さんは初心な人らしい。けいちゃん先輩が初恋説もある。是非ともくっついて欲しいもんだ。
「も、もうっ! お姉さんをからかったらダメだよっ!」
「別にからかってませんよ。というか言われ慣れてるでしょう? けいちゃん先輩も言ってくれるんじゃないですか?」
そんな俺の言葉に、春波さんはむすっとした表情で口を尖らせた。
「あの鈍感な先輩が言ってくれると思う?」
「……言ってくれないでしょうね」
「そういうことだよ。この前のデートだってね、私が頑張っておめかししてもあの人……ってこんな話聞いても楽しくないよね、ごめんごめん」
こっち来て、と俺の手を引いてオフィスを突っ切っていく春波さん。
途端にいない者扱いだったはずの俺へ視線が集中し始める。
基本的には俺を観察するような視線だ。
でも中には嫉妬などを孕んだ視線も混じっていた。
分かるよ、春波さん可愛いもんね。男的にはポンコツな部分も可愛いらしく感じるもんね。
しかし悲しいかな。春波さんにはけいちゃん先輩がいるので、彼らが春波さんに振り向いてもらえる可能性はないに等しいだろう。
「……けいちゃん先輩も罪な男ですね」
「ん? 何か言った?」
「何も言ってないですよ。それよりどこに向かってるんです?」
俺はオフィスを抜け、連れられるままにエレベーターで下に降りながら尋ねる。
エレベーターの階層を表示するところには『B2』と表示されていた。
「もちろん試験会場だよ。仕事柄戦闘になることも少なくないの。だからウチとしても異能の確認は必須なんだよね」
つまり、試験をするにあたって、中には攻撃性の高い異能もあるから被害が及ばないように地下に向かっている……ということか。
「……でも異能を確認するだけなら、春波さんの異能で十分じゃないですか?」
彼女の異能は、自身の指定する空間を異界に変えるという強力なモノだ。
あの時は俺が斬ってしまったが……あれは俺と相棒の最強コンビだから斬れただけで、正直あの壁を破れる人間は限りなく少ないと思っている。仮に俺が普通の刀を使うとなれば、それなりに本気を出さざるを得ないだろう。
なんて疑問に思っていると、春波さんが苦笑する。
「まぁそれはそうなんだけど……異能者って、異能の発動に敏感なの」
「だから物理的に距離を離している、ってことですか……」
そういうこと。と彼女が首肯すると同時、チーンとエレベーターが音を鳴らして到着を知らせてくれる。
続けてエレベーターの扉が開くと……。
「——おせぇぞ、春波」
「すみません、探すのに手間取っちゃいました」
まず目に飛び込んできたのは——一枚の大きな長方形型のガラス窓、数台のモニターとキーボードが置かれた長机、そして……けいちゃん先輩と年齢のバラバラな数人の受験者らしき者達だった。
「『手間取っちゃいました』ってお前なぁ……はぁ、まぁいい」
テヘペロ、とコツンと自らの頭に拳を当て舌を出す春波さんの姿にため息を吐いたけいちゃん先輩。相変わらず苦労してそうだ。
「お前も昨日ぶりだな、村正剣司」
「剣司でいいですよ、けいちゃん先輩。俺達の仲じゃないっすか」
「ハッ、相変わらずだな」
へらりと笑う俺に、彼は呆れ半分楽しさ半分といった感じの笑みを返してくる。
やっぱり良い人らしい。口は悪いし鈍感だけど。
「……なんだその目は」
「別になんでもないです。ただ、春波さんは大変そうだなって思っただけです」
「? 寧ろ俺の方が大変なんだが……まぁ取り敢えず座れ」
早速鈍感を発動させたけいちゃん先輩に促され、俺は残っていた真ん中の椅子に座る。
それと、一応待たせたことについての謝罪くらいしておこうと、左隣りに座るメガネの青年に話し掛けた。
「待たせちゃってすいません。俺、村正剣——」
「挨拶は結構。君みたいな薄汚い野良異能者と仲良くするつもりはない」
すんごい言われようだ。
今でさえこれなら、実は異能者じゃないと明かした時にどんな反応するのか……是非気になるところだ。
……言ってみようかな。
ついでに『お前はここに来るべきじゃない』的なこと言って、俺に異能を使ってくれるなら尚良し。
なんて斬裂衝動に駆られてウズウズする俺を他所に、けいちゃん先輩が一度俺達をぐるっと見渡したのちに口を開いた。
「——これから、試験を始める」
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