3.狂う、神喰う


 

 この世界は――狂っている。


俺は全身で、そう感じた。信仰し、人を救うはずの神が敵で、感情を失った人間たちは、ただ命令に従うだけの抜け殻。


いくら異能を使っても、

神々の攻撃には届かない。


その時点で、――この世界の『治療』は

不可能だと決まっていた。


 空を裂くような強風が吹き、枯葉が竜巻のように舞い上がる。その一枚が少女の頬を掠め、赤い線が浮かぶ。


痛みを押し殺すように、少女は歯を食いしばり――再び、時間を止めた。


世界が一拍、遅れる。静止した空気の中、少女は女神へと突進する。


同時に俺は息を奪われ、窒息しかけた。


「……っらぁぁァーー!」


少女は女神の額に銃口を突きつけ、そのまま撃ち抜いた。

血飛沫が舞い、返り血で白髪が赤く染まる。


ーー


そんな効果音が脳を突き抜け、世界が白くフラッシュする。

刹那、少女は目の前にいた。女神は無傷。さきほどの光景が、まるで何事もなかったかのように再現される。


少女は膝をつき、激しく息を荒げた。

腕の機関銃が溶け崩れ、溶けた中から人肌が覗く。


「……倒しても倒しても、またリセットされる。これじゃ、キリがない……」


「いい加減、わかったでしょう?」


女神は微笑む。


「機械と人間の融合体が、いくら足掻いたところで、世界は変わらない。諦めて、その少年を引き渡してもらえればーー今日のところは引き返してあげます」


きっと、この言葉に少女は「No」と返答するだろう。しかし、俺は、彼女が思っているほど希望ある男ではない。


いつも都合の良い夢ばかり見て。現実は絶望的で。結局、神頼みした結果、思ってもみない願いが、叶おうとしている。


「……絶対に渡さない。この子は……」


「ーーもう、いいんだ」


瞬間、中低音の声で、

割り込ませるように口を開いた。


「……えッ?」


立ち上がろうとする彼女は瞳を揺らし、

こちらを振り向いている。


俺は、希望ある……棘でしかない視線を全身に抉り込ませて、ゆっくりと女神の方に地面を蹴っていく。


女神は安堵の表情。

全てを受け入れる表情で両手を広げる。


「……零くん……!」


後ろから小さく名前を呼ぶ、少女の遠い声。気づけば、女神は目の前にいる。


「さあ、おいでなさい。すぐに、楽にしてあげますよーー」


巨人の手の平は優しく俺を包み込み、自分の胸の方へ近付ける。


……初めて感じる。

なんだろうか、この生温い温かさは。


ーー腹の底から、気持ちが悪い。


額と胸に、余韻の熱が走り、頭にジーンと重たいノイズが響き渡る。


心が、段々と音を立てて壊れていく。

俺も、感染者になってしまうのだろうか。


……嫌だ。気持ちが悪い。

気色が悪い。気が狂う。


「……狂う?」


その言葉が、

脳みその中で激しく主張される。


狂った世界は治療できない。ならば、自分が狂ってしまえばいいのではないか。


「ぃ゛っ゛!?」


そんな考えが脳を刺すと共に、俺は本能的に、女神の手の平に噛み付いた。


ブヨブヨしていて、とても塩味が強い。嗚咽が酷く、今すぐ口から離したい。けど、頭のノイズが消えて、余韻の熱もなくなった。


「……はなっ゛……離しなさい! 高貴気高き神の、この……私の手に、噛み付かないでちょうだい……!」


女神が激しく腕を振り回す。が、しっかりと歯で掴まり、俺は、とんでもない風圧に耐えていた。そして、ついに、女神は出血。黄金の血液が舌に入る。


味は、無味。火傷するほどの熱さが襲うが、それでも諦めずに、女神の皮膚を破った。


「……神を喰らっている? 脳が、エラーを、起こして……キ……タ……」


少女の声に、ノイズが。想定外だったのか、左目が赤く輝いて、動揺している表情を浮かべている。


 ーー「きぃゃぁぁぁぁあぁあ゛!」


車の急ブレーキ音が鳴った。かと思えば、

それは女神の悲鳴。


俺は地面に投げ飛ばされ、叩き付けられて、激しく頭を強打。意識が飛びかけた。


「……ぃ゛ったぁ……」


鋭利な刃物で刺された時のチクッとした強い痛みが、熱さと共に額に走る。が、体はピンピンで、視界も良好だ。


「……おかしい。神が、人間に喰われるなど、あってはいけない……!」


手の平を押さえ、痛みに眉をひそめる女神。周りの人間は銃を構えて、俺を狙っていた。


「ソレが、あってしまった。これが、現実なんだよ」


背後から、

左腕を押さえて、俺の隣に少女が並ぶ。左目は、赤から青に切り替わっていた。


「……零くん。体に異変は?」


「……異変。いつもより元気なのと、視界がめちゃくちゃ広い。あと、ついさっきの出来事が頭の片隅に入ってる」


 憶測からすると、この記憶の正体は、女神が戻れる時間。女神なら、皮膚が破れた瞬間戻れるはずだが、戻らなかった。いいや、戻れなかったのだ。


「なるほど。じゃあ後で、私のデータに追加しなきゃね。……それと」


言いかける少女。

悔しそうな表情を女神が浮かべる。


次の一言。

人間が走って乱射し始めた。


「これで、巻き戻しの神は……ううん。

 元巻き戻しの神は、もう巻き戻せないね。じゃあ、この場で、倒してしまおうーー」

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『Deicide-Village』 詩羅リン @yossssskei

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