第3章 時計台

この町でいちばん高い場所にある時計塔は、もう十年も止まっている。

針は「午後十一時十一分」を指したまま、動かない。

願いが叶う時間だと、誰かが言っていた。


私はその塔の番人だ。

古びた歯車の音に包まれながら、今日も静かに時を見張っている。


夜、鐘を鳴らしに来るのは、いつも決まってひとりの少女だった。

名前は、理音。

黒い傘を差して、雨の日も晴れの日も、同じ時間に塔へ来る。


「ねえ、時間を止める方法って、知ってる?」


初めて会った日、彼女はそう聞いた。

私は笑って答えた。

「この町じゃ、もう止まってるよ」


理音は、少し悲しそうに笑った。

「そうだね。でも私が止めたいのは、思い出の方」


それから何度も、彼女は塔に通った。

少しずつ心を開いてくれた。

そしてある夜、彼女は懐中時計を差し出した。

古びた銀の時計。中には、私の写真が入っていた。


「これ、どうして──」


彼女は言った。

「あなた、昔ここで私に“戻してあげる”って言ったの」


覚えがなかった。

でも、懐中時計には確かに私の笑顔が映っていた。

十年前の私の顔で。


その瞬間、時計塔の針が、カチ、と音を立てた。


止まっていた時間が、動き出す。

理音は涙を浮かべながら、私を見た。


「約束、果たしてくれたね」


「俺は……君に何をした?」


「私の時間を、止めたの」


針が再び動く。

十一時十一分を越えて、秒針が一周する。


そして、理音の姿が薄れていった。


塔の外で、鐘がひとつ鳴った。

その音の余韻の中で、私はふと足元を見る。

落ちていたのは、ひとひらの白い花びら。


──百合の花だった。

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