第4章 手紙と想い

彼女は毎晩、古い便箋に文字を書き続けた。

インクが滲むたびに、心が震える。


「届かない」ことは、わかっていた。

でも、書かずにはいられなかった。


手紙の宛先は、すでにこの世にいない恋人。

鏡の中の彼、花屋の亡霊、理音――

誰に向けたものかは、書いた本人も曖昧だった。


ある日、手紙をポストに入れた瞬間、

風がひゅう、と吹いて、便箋が舞い上がった。

空の彼方へと、紙片が吸い込まれていくようだった。


翌朝、店の前に、白い百合が一輪置かれていた。

その花びらには、まだ昨夜のインクの匂いが残っている。

まるで、手紙を受け取った誰かが、返事として置いていったみたいに。


「届いた……の?」


彼女は手を伸ばす。

触れた瞬間、花は霧のように消え、指先だけが濡れていた。


夜、再び書き続ける。

届かないはずの手紙。

読めるはずのない相手。


けれど、誰かが読んでいる感覚は、確かにあった。

鏡の中の笑顔、百合を抱えた亡霊、塔の上の理音――

それぞれが微笑むように、紙の端で震えている。


「やっと、わかってくれた?」


返事のない声が、部屋の奥から聞こえた気がした。

そして、彼女は静かに微笑む。

届かない愛が、届いた瞬間だった。

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