第5話 設置、そして廃棄

 二日後、起きたら表の玄関に頼んでおいたものが届いていた。

 思ってたより小さな箱だ。

 もっとかかると思ってたけど早かったな。

 箱を拾い上げて内玄関から家へと戻る。食材の買い出しに行こうと思ってたけど、今日じゃなくても問題ないしな。


 カッターナイフで早速箱を開けると、一回り小さな黒い箱と緩衝材として丸めて詰められた茶色い紙。

 ぺいっと外箱を横によけて本命を開封。中にはさらに仕切りがあって、手のひらに乗るくらいの小さなカメラと、小袋に入ったいくつもの部品が並んでいた。

 お、説明書。……リチウム電池注意事項の所に誤字発見。

 投げつける、が投けつけるになってる。これ、かな入力で書かれたんだろうなぁ。

 そのまま読み進めると、今度は記載ミスを発見した。

 緊急録画で録画された映像はロックされ、自動上書きされるって、矛盾してるし。意味は通じるけど、こんなミスが生じた理由が気になる。


 怪しい説明書にはそこはかとなく不安を感じたけれど、取り付けは問題もなく完了。スマホと連動してカメラの映り具合や細かい設定を変えられるらしいから、本体を取り外して持ち帰った。

 えっと、電源を入れて……あ、先にアプリを入れないとか。よし、アプリを開いて……許可がいる?なんか怖いからとりあえず許可しないっと。WiFiをつないで、あれ?ドラレコが見つからない?

 何度も試行錯誤とアプリの削除からの再インストールを繰り返した結果、始めのBluetoothへの許可が必須だったことが判明した。なんだよBluetoothって、なんで青い歯なんだ?

 まあいいか、とりあえず運転中の動画が撮れる状態になったし、早速明日は施設の事務方に動画撮っていいか相談しよう。


 翌日、仕事が終わって施設にある自室で受付の開く時間まで休んでから、危機情報委の出張部屋へと向かった。


「本日はどうされました?」


 普段は必要がないために立ち寄らない僕の顔を見て、不思議そうに尋ねたのは加藤さん。担当の方が変わるたびにあいさつに伺ってるから顔は知ってる。


「配送に使っている軽トラックにドライブレコーダーを取り付けたので、その報告と、撮影された映像データに対する相談です」


「辻村さん、私の所属している委員会の正式名称知ってます?」


「内閣府危機情報統制委員会ですよね?」


「……そうですよ、合ってます。そんな私にわざわざ情報漏洩の危険がある映像保管機器の設置の報告って、職務規定に触れる気がないことだけは分かりますが。

 こちらとしては直ちに設置したドライブレコーダーの撤去を求めたいです」


 加藤さんの淡々とした言葉に、僕はなるほどと納得してしまった。仕事始めるときに機密保持契約とか結んでるしね。しかし、それでおとなしく従ってしまったら動画投稿も、収益化で今までと同じように廃坑探索に行くっていう計画も、あ、あと借金返済も、すべてが水の泡だ。

 ドラレコを設置することによる委員会に対する利益を何か示さないと。


「僕が利用している道は一般区と山保区、特資区にまたがりますが、毎回ほぼ必ず野生の動物と遭遇します。映像を残すことで夜間の生態がわずかにでも把握できること、緩衝地帯である山保区への影響の様子、そして毎日ではないので十分な情報とは言い切れないかもしれませんが、研究員が同じだけの情報を得るために撮影に時間をかけるよりも効率的かと思います」


 自分で言っておいてなんだけど、結構いいところを突いた気がする。加藤さんも少し考え込むような顔になってるし。


「……なるほど。あなたの提示した『効率性』は検討の余地があるかもしれませんが、私はあくまでも情報の統制を行う側です。この話は特資委に持っていくべきだと思いますね。また、それ以前に、先ほど映像データに関する『相談』と言ってましたね。先にそちらをうかがっても?」


「えっと、あくまで一般区の映像なんですが……その、動画投稿したいなと」


「は?」


 その一言にすべてが詰まっていた。



「っっ、つっかれた……」


加藤さんとの交渉ののち、情報統制適性検査を再び受けさせられた僕は物資管理委員会の事務所にあるテーブルに突っ伏していた。


「あれ、拓実君?こんな時間にここにいるのなんて珍しいね、どうしたの?」


そんな僕に通りかかった職員の秋野さんが声をかけてきた。


「ちょっと、相談があって……」


顔を上げないまま答える。


「あぁ、遠藤さんに?呼んでこようか?」


親切にもそう言ってくれたけど、本日の相談相手は別人だし、すでに終了している。


「いえ、加藤さんです」


事務所内の時間が凍りついた気がした。


「加藤さんって--危機情報委の?あ、いえ、加藤さん他にいないけど、拓実君が?遠藤さんじゃダメだったの?」


 視線が集まった感覚に身を起こし、秋野さんをみると少し困り顔。


「車にドラレコつけたから、情報関連は危機情報委に報告行くだろうし、加藤さんの方が早いかな、と。

 遠藤さんはいつも忙しそうだから、今以上に仕事増やすのも悪いし」


「どられこ……」


「あ、即回収のち廃棄だそうです。多分今頃取り外されてる」

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山間部夜間業務員の日常、ただし通常の野生動物に限る いーんちょ @spa1216

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