第3話 背中、押されたか落とされたか
「今度はどうした、クラッチでも壊れたか?」
そう言ってニヤリと笑った遠藤さんの顔にギクリとなる。冗談のつもりだったのかもしれないが、当たらずとも遠からずってやつだ。
「いや、そのぉ……車検のハガキがきてて、ちょっと、多分足りなくて……」
「はぁぁ、そんなことだろうと思ったよ。ほれ、これだけあれば足りるだろ」
深いため息をついた遠藤さんは僕の額に茶色い封筒をぺしりと押し付けた。
「車検代が足りないって、前の時も思ったが、お前の通帳の中身が見てみたいもんだよ」
封筒を受け取りつつ遠藤さんからそろりと目線を逸らすと、さらに長いため息。
「あのな、拓実。お前を誘った俺が言うのもなんだけどな。ここの仕事は知っての通りいつ何が起こるかわからない。
その危険手当も含めた給料だ。あればあるだけ使うのはもうやめて、ちゃんと月いくらって貯金しろ」
その言葉には切実な響きがあった。
「……はい」
委員会からじゃなくて、遠藤さん個人という形で貸してくれてるのは非常にありがたい。
もし委員会からの借金なんてしたらどんな実験に付き合わされるか、わかったもんじゃない。
安心と共に、甘えすぎてるとも感じる。
少なくとも言われた通り貯金はしよう。そう決意した。
施設からの帰り道、山道を運転しながら考える。
とりあえず今まで通り月に二万ずつ借金返して、貯金もそれくらい?前回の車検から今回までにかかった金額分くらいは貯めとくべきか。
そうしたらまた車検の時に貯金もゼロになっちゃうからもっと、とか?
研磨機材や研磨剤に回す分は減らせないし、そうすると石拾いに行く頻度が今までの半分……二割くらい、え?
まてまてまて、そんな減っちゃう!?
っと、おいタヌキ、お前はなぜいけると思ったんだ。
急に飛び出してきて、こちらを見ながらど真ん中で立ちすくんだ間抜けのために速度を落とす。
やつら、思い切りよく出てくるくらいならそのまま突っ切ってくれればいいのに、一番邪魔なところで止まるんだからな。
ライトをぱかぱかと動かすと、止まっていたタヌキはハッとして逃げていった。
山林保全管理地区も抜けて、普通の山道を走っていたら、ライトを反射して道路がキラキラと光っている。ガラス?誰かが事故ったのかな?
速度を落として近づくと、黒っぽい染みとミラーやライトカバーの破片。道脇には横たわった大きなシカと、邪魔にならないように避けたんだろう、ひしゃげて外れたバンパーが落ちていた。
うわぁ、御愁傷様としか言いようがない。二重の意味で。
ジャリジャリとゆっくり運転する中で、ふと以前見た動画を思い出した。
ドライブレコーダーに映ったちょっとユニークな交通事故に、ツッコミ役の機械音声と字幕が付いた感じのやつ。
家路を行きながら思う。ドラレコってやっぱつけたほうがいいのかな?
目の前をサッと何かが横切った。一瞬だったがイタチの仲間っぽかったな。テンか、オコジョか。こういうのも撮影してたら確認できたのかも。ちょっと珍しいからじっくり見たかった……な?
珍しい動物の動画って、どうかな?見飽きたシカやタヌキも街中じゃ珍しいかもしれないし、たくさんの人が見てくれたらお金もらえるんじゃなかったっけ?
将来なりたい職業ランキング、二位、Youtuber。
豪邸建てた人とか、高い車買った人もいるとか、そこまでは無理だとしても、採取のための許可料くらい……。
すっかり明るくなった中、家へと帰り着いた僕は机の上に開きっぱなしになっていたパソコンを立ち上げる。
使ったことないけど、siriとかchatGPTみたいなのがGoogleに実装されたって話を聞いたことがある。YouTubeもGoogleの仲間っぽいし、詳しく教えてくれるかも。
検索、は普通のだし。Chat?あ、違う。グーグル、AIで調べて……お、ジェミニっていうのか。
相談と書かれた枠に、少し悩んでから打ち込む。
「動画、投稿してみようかな」
「いいですね!ぜひ挑戦してみましょう!YouTubeへの動画投稿は、初めての方でも比較的簡単に行えます」
動画の投稿手順がずらりと並ぶのを見て、案外簡単そうだなと気が抜けた。
「夜の動物の動画ってお金になるかな」
返事はすぐに返ってくる。
「夜の動物の動画は、珍しさや可愛らしさ、あるいはドキュメンタリー的な要素があれば、十分に収益化の可能性があります。
動物系動画はYouTubeでも人気の高いジャンルの一つで、多くの視聴者を集めやすい傾向があります」
これは、かなりいい感じなんじゃなかろうか?
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