第2話 趣味に逃げても、逃げきれず

 お昼ごはんの準備中、冷凍庫から取り出したご飯をレンジで解凍しているとスマホが震えた。


『明日の受け取りの時でよかったら聞くぞ』


 安心するべきか、迷惑をかけると悩むべきか。

 いっつも車に乗ってるのになんで車検日とか気づかなかったかなぁ!

 このじりじりとした焦燥感は覚えがある。三ヶ月前、軽トラのブレーキが故障した時だ。

 あの時も修理費用の見積もりとにらみ合った末に遠藤さんに連絡したんだよな。


「……昼ご飯、どしよ」


 何かを作る気にもならず、インスタントの味噌汁でも入れようと僕はやかんを火にかけた。


 簡単な昼食を終わらせて、僕は片付けたばかりの机の上でノートパソコンを開いた。スマホは充電中。ブラウザを立ち上げ、ホームに最近のニュースがいくつか並ぶ。

 またクマか、本当に今年は多いな。近所でも目撃されたって連絡あったし、夜間仕事だから他人事じゃないんだよな。

 流し読みしていると、あるタイトルに目が止まる。


『子供のなりたい職業ランキング、今年の一位は会社員!』


 会社員って、広すぎるだろ。

 少し気になってクリックすると十位までのなりたい職業が並んだ。

 お、YouTuberは二位なのか。いつだったか一位になったってニュースか何かで見たけど、まだ人気なんだな。

 現実的な仕事と夢にあふれた憧れが入り混じってて面白い。僕が子供の時はどうだったっけ?少なくともYouTuberって選択肢はなかったな。


 続けて開いたのはオープンファセットデザインのページ。車検の一般的な金額を調べようとしてたのに何開いてるんだ、僕は。

 それでもついつい見てしまう。次にカットするのはやっぱり基本のラウンドブリリアントか、いや正多面体も面白そうだ。

 でも屈折率からの角度の練習ならシンプルラウンドにするべきだし。

 そしてはた、と気づく。しばらく無理だ。

 練習用の普通の石なら大丈夫だけど、あっちの石を磨くには水硬石製の研磨剤が必要だ。

 流石に完全な趣味である研磨に使うお金なんてせびれない。鉱石採取も同じく。

 僕はがっくりと肩を落とした。


 砂利敷きの山道をゆっくりと軽トラは行く。

 チラリとダッシュボードの浅いトレイに置いてあるスマホに目をやった。あの中にはインコでのやり取りが記録されている。

 明日、つまり今日の荷物の受け渡しの時に会ってくれるって話だけど、気が重いな。


 しばらく進むとカーブの先からアスファルト。ここからはスピードが出せる。アクセルをふかせてからクラッチを踏み込みギアを上げる。ほどなく森が切れ、ぐるりと壁に囲まれた、小学校ほどの大きさの建物が姿を現した。

 いくつかある門のひとつに近づくにつれ速度を落とす。今日の守衛さんは初めて見るな。


「お疲れ様です、お願いします」


 通行許可証と臨時嘱託員証明書を提示。


「こんばんは……はい、確認しました。お疲れ様です」


 門が開かれて僕は建物の裏手へと車を進ませた。

 いつものように荷下ろしを手伝っていると、奥の方から遠藤さんが顔を出した。


「おう、お疲れ。いいよいいよ、気にせず続けてくれ。ちょっとそっちに用があるだけだから」


 そっちにという言葉と共に僕をあごで指し、こっち来いと仕草で示した。


「すいません、ちょっと……お願いします」


 荷物を下ろし続けてくれる人に断って、その場を離れた。

 そのまま遠藤さんに先導され、喫煙室横の自販機の前までやってきた。夜でもしっかり電灯がついていて、節電なんて言葉はどこ吹く風だ。


「あのさ……」


 意を決して口を開いたのだが、すぐに遮られた。


「今度はどうした、クラッチでも壊れたか?」

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