第3話「最初の顧客」

 失敗から三日。三人の間には、微妙な空気が漂っていた。

 リドラは営業リストを見直し、次のアポイントを取ろうとしていた。アダムはシステムの「分かりやすい説明資料」を作成していた。ショーンは、二人の橋渡しをしようと努めていた。

 だが、会話は必要最低限。笑顔はない。

「……このままじゃダメだ」

 ショーンが、ついに口を開いた。

「次のプレゼンの前に、話し合おう。掟を思い出して」

「掟って……今は客を取ることが先だろ」

 リドラが、書類から目を上げずに答えた。

「でも、僕たち、ギクシャクしてる。このままじゃ、次も失敗する」

「……ショーンの言う通りだ」

 アダムが、ノートパソコンを閉じた。

「俺が悪かった。プレゼン中に口を挟んだのは、間違いだった」

「いや、俺も悪い。お前の技術説明を遮るべきじゃなかった」

 リドラも、ペンを置いた。

「でもさ、俺たち、役割分担してるのに、お互いの領域に口出ししすぎじゃない?」

 ショーンが、核心を突いた。

「確かに。営業は俺に任せてほしい」

「技術説明は、俺がやる。でも、相手に合わせた言葉を選ぶよう努力する」

「じゃあ、次からはそうしよう。お互いを信頼して、任せる」

 三人は、改めて役割を確認した。

 リドラは営業とプレゼンを統括。アダムは技術説明とデモを担当。ショーンは契約条件の交渉をサポート。

「よし、じゃあ次のアポだ。『シティ配送サービス』。従業員二十名の小規模な会社だ。大手じゃないが、柔軟に対応してくれそうだ」

「いつ?」

「明後日の午後二時」

「了解。資料、準備する」

 アダムが頷いた。

「僕は、契約条件のシミュレーションを作っておくね」

 ショーンも、やる気を取り戻していた。

 そして、運命の日。

 シティ配送サービスは、雑居ビルの二階にある小さなオフィスだった。社長の城戸は、五十代の温厚そうな男性だった。

「ようこそ。君たちが、噂のスリー・ブリッジか」

「噂、ですか?」

「ああ。ハマダ運輸の岡本君から聞いたよ。『面白いシステムだが、若すぎて不安だ』ってな」

 三人は顔を見合わせた。

「でも、俺は若い連中の挑戦、嫌いじゃない。見せてくれ」

 リドラがプレゼンを始めた。今度は、専門用語を避け、具体的なメリットに焦点を当てた。「配送効率が三十パーセント向上」「ドライバーの残業時間が削減」「顧客満足度の向上」——。

 城戸の表情が、徐々に真剣になっていく。

「技術的な説明を、アダムから」

 リドラがバトンを渡した。

 アダムは、今度は図解とデモを中心に説明した。専門用語は最小限に抑え、「どう動くか」を視覚的に示した。

「ほう……これは確かに、便利そうだ」

「ありがとうございます。では、導入条件について、ショーンから」

 ショーンが、試算表を示した。初期費用、月額料金、予想されるコスト削減効果——すべて、シティ配送の規模に合わせてカスタマイズされていた。

「まず三ヶ月の試験導入を提案します。その間の費用は半額。効果が出なければ、いつでも解約可能です」

「リスクは最小限、ってわけか」

「はい。私たちも、実績が欲しい。御社にも、メリットがあると信じています」

 城戸は、しばらく考え込んだ。

 そして——。

「いいだろう。試験導入、やってみよう」

 三人は、思わず顔を見合わせた。

「本当ですか!」

「ああ。ただし、条件がある。君たち自身が、現場に来てサポートしてくれ。ドライバーたちは新しいシステムを嫌がるだろうからな」

「もちろんです! 全力でサポートします!」

 リドラが、力強く答えた。

 契約書にサインをもらい、オフィスを出た三人は、路上で叫んだ。

「やった!」

「最初の顧客だ!」

「これで、スタートラインに立てた!」

 三人は、抱き合って喜んだ。

 だが、ショーンがふと気づいた。

「ねえ、これ、本当にすごいことだよね」

「当たり前だろ!」

「でも……試験導入、半額なんだよね。三ヶ月で十五万ニール。経費を引いたら、ほとんど利益が出ない」

 リドラとアダムの表情が、固まった。

「……まあ、最初だし」

「実績を作ることが、今は大事だ」

「うん。そうだね」

 三人は、再び歩き出した。

 喜びと不安が、入り混じっていた。だが、確かに一歩、前に進んだ。

 その夜、三人は近所の安い居酒屋で祝杯を上げた。

「乾杯!」

「最初の顧客に!」

「これが始まりだ!」

 ビールを飲み干し、三人は笑った。

 だが、リドラの心の奥には、まだ不安があった。

 父親の言葉が、頭から離れない。

 『失敗したら、二度と顔を見せるな』

 一社では、まだ足りない。もっと、もっと実績を積まなければ。父親を、見返さなければ。

 彼は、その不安を隠して、笑顔を作り続けた。

 ショーンは、リドラの表情に、わずかな陰を見た気がした。だが、今は聞かなかった。まだ、掟を持ち出すほどではない。そう判断した。

 アダムは、ただ純粋に喜んでいた。自分の技術が、認められた。それだけで、十分だった。

「さて、明日から大忙しだぞ。システムの導入作業、ドライバーへのトレーニング、トラブル対応——やることは山積みだ」

「任せてくれ。完璧に仕上げる」

「僕も、サポート体制を整えるね」

 三人は、それぞれの決意を胸に、夜道を歩いた。

 小さな一歩。

 だが、確かな一歩。

 そして、これから彼らを待つ試練を、まだ誰も知らない。

(第3話終わり)

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